平和で子どもが大切にされる世界を ― 状況厳しい地域重点支援(2/2ページ)
日本ユニセフ協会 団体・企業事業部部長 海老原隆一氏
さらに一つの村で成功したらそれを別の村で、今度はユニセフの資金援助なしで(あるいは最小限で)実行できないか、と当該国政府や地方行政に働きかけます。こうした働きかけは、スケールアップのための技術支援とか政策提言と呼ばれます。近年は、持続可能性の観点から、ハードウエアの支援よりもこうしたソフト面での支援が主流になりつつあります。
不公平や格差の拡大は、社会を不安定にし、普遍的価値への懐疑や排他的な暴力につながっているように思えます。
2011年3月に始まったシリア危機はいまだに混迷の中にあり、イエメン、南スーダン、ナイジェリア、イラクでも、いまだにレベル3と言われる最も緊急レベルの高い状態にあります。ユニセフも入ることができない戦闘地域もあり、子どもたちが取り残されています。
5歳未満児の年間死亡数は、1990年の1270万人から2015年には590万人と半減したものの、現在5歳未満児死亡の53%は、紛争地域や避難地域で発生しています。また、長引く危機のために、35カ国の3~16歳の子どものうち7500万人以上が教育を中断させられています。
先進国と呼ばれる国々の中でも格差が生じており、自国中心主義、排他的で攻撃的な考えが広がっています。日本もその例外ではなく、ヘイトスピーチやネット上での誹謗中傷やいじめが近年一層広がっているように感じます。先日、ある中学校の生徒さんが街頭でユニセフ募金をしていたら、偽善者と罵られ、顔につばをかけられました。その生徒さんは、顔を洗ってまた元気にユニセフ募金を呼びかけたのだそうです。この話を聞いて、私はとても心が痛みました。
宗教コミュニティーに所属する人口は60億人とも言われています。それゆえ、宗教者の言動は人々に大きな影響を与えます。多くの国でユニセフは、女の子の児童婚の問題、女性器切除の悪習、いわゆる体罰や子どもへの暴力のように慣習として根付いてしまった問題や、「予防接種を受けると不妊になる」等の迷信に直面してきました。そうした中で、宗教指導者たちが啓発キャンペーンの先頭に立ってくれることもあります。たとえば、アフガニスタンでは児童婚の防止のために宗教指導者とともに家庭訪問を行い、インドやパキスタンではポリオ予防接種の実施を礼拝や集会、説教の時間に呼びかけたり、紛争下の地域では宗教指導者が紛争停止に向けた話し合いの場を設けたりするなど、ユニセフは現場で多くの宗教者の力をお借りしています。
最近の話題として、長引く人道危機により避難を余儀なくされてふるさとを追われた子どもは2800万人にのぼりますが、世界宗教者平和会議は、こうした子どもたちを守るグローバルな啓発活動をユニセフと共に今年から行うことを決定しました。
私は宗教の専門家ではありませんが、おそらくどの宗教も、ユニセフがその活動の原則に掲げる価値、すなわち命や平和、公平であることなどを大切な教えとしているのではないかと思っています。宗教者のみなさまは、日々こうしたテーマに関わる相談を受けたりメッセージを発信したりする機会が多いと思います。不公平や格差が拡大している現実により、あるいはそれによる排他的な暴力により、心が折れてしまったり、命や平和の尊さ、公平性の大切さが「絵空事」のように言われてしまったりすることもあります。しかし、このような時代だからこそ、こうした価値が揺らぐことがないよう、宗教者の果たす役割も大きくなっているのではないかと思います。