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神武天皇は忘れられたか ― 「2600年式年祭」を迎えて(2/2ページ)

成城大教授 外池昇氏

2016年4月20日

3番目には、文明開化について述べる中の祝祭日の制定をめぐる箇所である。そこには「『日本書紀』が伝える神武天皇即位の日(正月朔日)を太陽暦に換算して紀元節(2月11日)とし(略)」と注がある。

そして、昭和30(1955)年から始まる好景気について、本文で「『神武景気』とよばれる大型景気を迎え」と述べたのについて、「神武天皇の治世以来の好景気ということで名づけられた(略)」と注で述べる。

しかしこの4点は、それぞれ個別に知識として蓄えても一貫した筋が立たない。つまりこの教科書による限り、神武天皇についての事柄は他の主要な事柄に付随するものという扱いである。しかしたとえ架空の人物であっても、近代日本にとって神武天皇には大きな意味があった。このことを含めて近代史を考えるためには、神武天皇についての何を補えばよいのであろうか。

対外的公文書で用いられた皇紀

それは、皇紀(神武紀元)の採用、つまり『日本書紀』の記述に基づき、神武天皇の即位を元年とする紀年法の採用と、これを根拠とする昭和15(1940)年の紀元2600年奉祝典である。まず皇紀の採用について言えば、明治5(1872)年11月15日に「太政官布告」で定められ、以降、主に対外的な公文書で用いられたことを知る必要がある。次には、皇紀2600年に当たる昭和15年11月10日に宮城(皇居)外苑で天皇・皇后臨席の下に盛大な式典が挙行されたこととそれに伴う政府や社会の一連の動向である。これは当時いよいよ本格化の度を増しつつあった戦時体制の完成に向けての国家的行事以外の何ものでもなかったが、それでも第2次世界大戦前夜の歴史の一コマであった。そしてその理念の根源には他ならぬ神武天皇があった。

また今年はうるう年であるが、そのことの根拠法には皇紀が用いられている。明治31(1898)年勅令第90号「閏年ニ関スル件」が今日なお効力を持ち、そこには「神武天皇即位紀元年数ノ四ヲ以テ整除シ得ヘキ年ヲ閏年トス、但シ紀元年数ヨリ六百六十ヲ減シテ百ヲ以テ整除シ得ヘキモノノ中更ニ四ヲ以テ商ヲ整除シ得サル年ハ平年トス」とある。神武天皇はここでも生きていたのである。

今日、どのくらいの人々が神武天皇のことを正確に認識しているであろうか。繰り返すが、神武天皇が初代の天皇であるといっても神話の上でのことである。始祖伝承や建国神話を尊重せよと言っているのでも、ましてや神武天皇の存在を史実として認めよと言っているのでもない。ただ、神武天皇を知っているかと問うているのである。

そもそも2月11日の「建国記念の日」の由来を正確に説明できる人はいまどのくらいいるのであろうか。そして、昭和41(1966)年の「建国記念の日」制定に際しての国論を二分した大論争のことなど、もうすっかり忘れ去られてしまったのであろうか。

4月3日、皇居の宮中三殿と橿原市の陵墓で2600年式年祭が挙行された。式年祭は戦前期の「皇室祭祀令」にも規定されている祭祀で、今回について言えば神武天皇の崩御から2600年に当たるということである。これは、昭和15年の奉祝典が神武天皇の即位から2600年であったことと良い対照をなす。当日は天皇皇后両陛下が天皇陵に拝礼され、隣接する橿原神宮でも大祭が斎行され両陛下はこちらにも参拝された。今年を歴史上の神武天皇についてあれこれ考える良い機会にしたい。

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