神名帳と修正会・修二会 ― 神々を勧請する年頭行事(2/2ページ)
國學院大准教授 大東敬明氏
『東大寺修二会神名帳』は、全部で9段に分けられている。まず「例に依って大菩薩、大明神等、勧請し奉らん」と読み、「金峰大菩薩、八幡三所の大菩薩……」と大菩薩号を持つ神々が勧請される。吉野の金峰大菩薩は大和国を代表する神と捉えられていたのであろう。また八幡三所大菩薩は東大寺の鎮守神であり、手向山八幡宮にも祀られる。このほか、気比大菩薩、気多大菩薩などの名も読まれる。
次いで第2段より第7段まで、廿五所大明神、飯道大明神、水分大明神……と各地の神々が勧請される。
第8段では、天一・太白・牛頭天王といった災いをもたらす神々と、1万3700余所の全国の神々が勧請される。
最後に八島御霊、霊安寺御霊、西寺御霊などの御霊が勧請される。この段を読む際には、低い声で読む。
修正会・修二会において、法会の場に神々を招く例は東大寺に限らない。
奈良県下の修正会・修二会では、神名帳を読誦して神々を法会の場に招く例があり、法隆寺(斑鳩町)の上宮王院修正会、西円堂修二会、金剛山寺(矢田寺、大和郡山市)や霊山寺(奈良市)の修正会でも行われている。このほか、池田源太は、県東部の事例を中心に神名帳を読む修正会を紹介している(『大和とその周辺 歴史と民俗』)。
去年と今年、矢田寺や霊山寺のご厚意により、両寺の修正会の神名帳読誦を聴聞することができた。以下、得られた知見を覚書として記したい。
矢田寺の修正会は1月1日から3日にかけて行われる。この中で、毎晩、神名帳を読んでいる(平成27〈2015〉年、同28年聴聞)。
霊山寺では、1月3日に神名帳を読誦する(平成28年聴聞)。
両寺で用いられる神名帳は、神々を12カ月の守護神とするものである。これは、年頭に神々を勧請することで、1年の守護を願う意味もあるのであろう。
矢田寺のものは江戸時代の藤貞幹(1732~97)が書写した『恒例修正月勧請神名帳』と類似する。同系統のものは県下のいくつかの寺院の修正会や、天理市長滝町の年頭儀礼(西田長男「花鎮祭一斑」『日本神道史研究』3所収)で用いられている。ただし、矢田寺で用いられている神名帳と『恒例修正月勧請神名帳』を比較すると、矢田寺のものは「矢落大明神」として、同寺と縁の深い矢田坐久志玉比古神社(大和郡山市)が加えられている点に特徴がある。
霊山寺のものは肥後和男が『宮座の研究』で紹介した『恒例修正二月御行勧請神名帳』と類似している。肥後は、これを現在の京都府木津川市の神社が所蔵するとしており、霊山寺と地理的にも近い。
このように共通する神名帳がいくつかの寺院や年頭の諸儀礼で用いられているのは、修正会・修二会が伝播してゆく過程で、その一つとして神名帳が伝わったためであると考える。そして、神名帳の読誦は、地域の中心となる寺院・堂宇などの修正会・修二会や、様々な年頭儀礼の中にも取り込まれていった。東大寺修二会の神名帳は有名であり、数多くの人々が聴聞する。それは、神名帳読誦の代表例であるが、本稿で取り上げた奈良県のほか、京都市南区、京都府向日市周辺や南山城、和歌山県の高野山周辺地域の年頭の行事などでも行われている。
これらの諸行事を丹念に調べてゆけば、思想史の視点とは異なった寺院における神々と人々との関係を明らかにすることができるだろう。「神仏習合」が注目されて久しいが、このような行事の歴史や伝播の過程、現行儀礼の把握は、まだまだ十分であるとは言いがたい。一方で、「神名帳」を読んでいた行事の中には、奈良県吉野郡野迫川村弓手原のオコナイのように継続が難しくなっているものもあるとも聞く。
本稿がきっかけとなり、東大寺修二会をはじめ、年頭の行事における「神々を勧請する声」に耳を傾ける人々が多くなれば幸いである。なお、金剛山寺・霊山寺の修正会の聴聞や調査に際しては、両寺の方々に、種々のご配慮をいただき、また、大変お世話になりました。記して御礼申し上げます。