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日本近世美術と日蓮宗 ― 信徒から多くの芸術家輩出(2/2ページ)

京都美術工芸大学長 河野元昭氏

2015年10月2日

琳派の祖とされる本阿弥光悦になると、日蓮宗との関係はさらに密接となる。今年は、琳派400年記念祭として様々な琳派顕彰行事やプロジェクトが行われて、社会現象の観を呈している。光悦が徳川家康から洛北・鷹ケ峰の地を得て、ここに光悦村を拓いたのが1615(元和元)年、それから数えてちょうど400年の節目に当たるというわけである。この光悦村については、かつて芸術村説が強かったが、現在では、四つの法華寺院が営まれていたこともあり、法華信徒による宗教村であるとする見解が定説となっている。私見によれば、これまた実証は難しいものの、法華経にも日蓮にもつながる「浄仏国土」の思想が光悦を突き動かしたのであり、宗教と美術が融合する理想郷が光悦村であった。ユートピア実現に向けて上行菩薩となった日蓮に、光悦もみずからを重ね合わそうとしたのであろうか。

そもそも本阿弥家の日蓮宗帰依は、初祖妙本にさかのぼるとされるが、室町時代中期、本阿弥家中興の6代本光と、本法寺日親の獄中における邂逅を契機として、篤く深いものとなった。かくして本阿弥家は本法寺を外護し、また菩提寺とするようになり、現在も光悦の手になる法華経と、それを収める「花唐草螺鈿経箱」が伝えられている。そのほか光悦は、「立正安国論」などの「遺文」を書写し、本法寺をはじめとする木額を書すなど、日蓮宗との関係はきわめて強いものがあった。光悦と不即不離の間柄に結ばれていた俵屋宗達も法華信徒であったにちがいなく、宗達に私淑して琳派に新しい美意識を導きいれた尾形光琳は、京都における最初の日蓮宗道場といわれる妙顕寺に眠っている。

このようにみてくると、日蓮宗を抜きにして近世絵画を語ることはまったく不可能だということになる。それでは、文字曼荼羅や題目本尊に最高の価値を置いていた日蓮、そのイコノクラスムともいうべき思想を受け継いで、彫像や画像に抑制的であった日蓮宗を信仰していた彼らが、何故にあのように傑出した芸術を創り出すことが可能だったのだろうか。どうして、日本絵画史上に燦然たる光輝を放ち続ける絵画を描き出すことができたのだろうか。

まず考えられるのは、イコノクラスム的価値観があったればこそ、逆に造形を行わずにはいられなかったという理由である。アルタミラの壁画や我が装飾古墳を持ち出すまでもなく、人間には絵画造形意欲というDNAがそなわっていて、むしろ抑えつけられれば抑えつけられるほど、ほとばしり出るのである。そうだとすると、彼らが現出させた山水も花鳥も、実は久遠実成の釈迦であったことになる。少なくともそこに、宗教的心象が宿っていたことは否定できないであろう。

あるいは、日蓮の自己自信とそこから生まれた現実対決的姿勢が、芸術家に必須の自由と自在を担保したのかもしれない。例えば、光悦に関する最も重要な資料である『本阿弥行状記』の一節が参考になる。「家父光悦は一生涯へつらひ候事至って嫌ひの人にて」に、すぐ「殊更日蓮宗にて信心あつく候故」と続けられているのだ。両句が命題と判断であることは、改めて指摘するまでもないのである。

さらに、日蓮の革命的ともいうべき革新性が、伝統的様式や表現に唯々諾々としたがう退嬰的精神から、彼らを解放した可能性も考えられてよいであろう。江戸狩野の末輩が因習的な粉本主義に絡め捕られて、創造性を枯渇させていったとしても、そのパイオニアである探幽は、みずから新様式を開拓して、狩野派の画風を一変させた革命家だったのだ。

美術史において、すべてを宗教という観点から考察することはむろん間違っている。しかし、それをまったく無視して、芸術家の天賦の才や社会環境に因縁を求めることも正しい方法とはいえないであろう。いずれにせよ、宗教は天賦の才と社会環境を創り出す最も重要な要素なのである。

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