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第22回「涙骨賞」を募集
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戒をめぐり日本仏教に望むこと ― 寺院の実情に沿った戒制度を(2/2ページ)

「サンギーティの会」事務局長 加藤悦子氏

2015年8月28日

死後の授戒は、いのちの連続性という側面から見れば、間違いとはいえないかもしれない。が、仏教の原理的な考え方では、本人の自律的決心によって戒が保たれることになる。抵抗できない状態で強制的に戒を授けられることは、理想的とは私には思えない。

清浄な僧のみ授戒

「戒体」の問題にも触れたい。戒体とは、戒を授かった者の身体に宿る、戒を保とうとする原動力のことである。自己を超越した神聖な力と見なされ、戒を保つ僧のみに宿るものと考えられた。そこでインドで授戒法が成立して以来、授戒師は戒を保っている清浄な僧のみが勤めてきた。しかし実際に戒を厳守できる者はわずかなことから、大乗の戒が成立した中国では、当然に戒体を護持すべき諸仏を授戒師とする授戒法も生まれた。日本でも、平安期の戒律の改革や、鎌倉期・江戸期復興運動の際には、戒体の思想が重要視されてきた。

この教えに従えば、戒を授ける人は、戒を保つ功徳を知っていることが理想と言える。

亡くなった人は、私たちがいつか必ず迎えなければならない死という大きな仕事を終えられた存在である。そのような意味では、たとえ小さな子どもであってもその御霊は私たちの先輩にあたる存在ではないだろうか。葬儀では故人に最大の敬意を払い、導師がその魂と厳粛に向かい合うことになる。この時に必要があって授戒を行うのであれば、やはり授ける僧侶自身が戒を保っていることが、向かいあう御霊に対する誠意ではないだろうか。

伝統固守は無意味

ここで、日本における戒制度のあり方について、望む点を二つあげることをお許しいただきたい。

その第一は、戒制度を有する宗派には、僧侶や檀信徒と戒との関係をご再考いただき、日本仏教としての戒、あるいは宗派ごとの新たな戒を再制定し、檀信徒にも伝えていただきたい。これは僧侶、檀信徒たちに多くの戒で縛られた厳しい生活を求めることではない。

在家であるわが身を省みても、五戒を保つことだけでも困難極まりないと実感している。

具体的には寺院の実情に沿った形で、実際の戒を制定し直すべきであろう。たとえば日本の多くの僧侶は結婚しているが、十重禁戒では僧侶は不淫とされるから、この戒を標榜する宗派の僧侶は結婚ができなくなる。しかし、日本では家族の協力があってこその寺院経営である。僧侶の妻(夫)が寺院の使命の理解者であるなら、結婚は寺院の機能を高める力になり得る。夫婦・家族で仏に仕え、地域に溶け込み、人々に尽くしているという方々を、私もたくさん知っている。したがって、杓子定規に伝統的な戒を守ろうとすることに意味はないと思える。

日本仏教を在家仏教と認め、僧や得度の定義をし直した上で、「十重禁戒」や「十善戒」だけを採用し直し、僧俗ともに持戒をめざすという選択もあるだろう。あるいは、今の時代に見合った戒の新しい体系を、一から創造し直してもよいのかもしれない。

第二は、寺院から檀信徒へ、生前の授戒を積極的に行っていただけることを願う。

死後の授戒を行うとすれば、その意味するところを、日頃から檀信徒に説いていただけるとありがたい。

授戒や没後作僧、引導など一連の儀礼の意味が葬儀の場全体で共有されることがなければ、誰のための葬儀かわからなくなる。

もちろん、遺族や参列者に一連の儀礼の意味が伝わったとしても、大切な人を喪った悲しみの大きさには変わりがないだろう。しかし意味を知って葬儀に臨めば、葬儀を通して故人が送られるべきところに送られたという信仰上の安心を得ることにもつながる。この意味で、葬儀の導師を行う僧侶は、当日に限らず、日頃から檀信徒への説明責任を負っている。

今後、多くの僧侶に戒の意義や戒といのちの関係についてご再考いただき、積極的に説いていただけることを願う。それは日本仏教に新しい息を吹き込む一つの働きになろう。

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