PR
購読試読
中外日報社ロゴ 中外日報社ロゴ
宗教と文化の専門新聞 創刊1897年
2025宗教文化講座
PR
2025宗教文化講座 第22回「涙骨賞」を募集

シャルリ・エブド事件後のフランス ― 涜神認める「表現の自由」(2/2ページ)

上智大准教授 伊達聖伸氏

2015年4月24日

以上のことを確認したうえで、やはり私としては、フランスのライシテ(政教分離、世俗主義)を研究してきた者として、おそらく日本の感覚では多少わかりにくいと思われる点を指摘しておきたい。それは、フランスの表現の自由の特徴である。この国では、相手の人格を中傷することは違法だが、神や宗教を冒涜することは認められている。民族・人種・文化・宗教の違いを超えて、自律した市民が政治参加を通じて作りあげられるのが共和国である。人権宣言に集約されるフランス革命および共和主義の理念は、革命前のアンシャン=レジーム(旧体制)下で強大な権限を有していたカトリック教会からの解放という文脈において形成された。宗教批判を通して人権が確立されたこの国では、もちろん宗教を信仰する自由も人権の観点から保障されているのだが、宗教は人権を抑圧するものと見なされてしまうこともある。名誉毀損は罪になるが、涜神は犯罪を構成しないのである。

なくならない差別

ユダヤ教徒とムスリムの処遇の差異も、このことに関係している。カトリックが国教だったアンシャン=レジーム下で差別されてきたユダヤ教徒にとっては、フランス革命の理念は文字通り解放の意味合いを持っていた。もっとも、その後の近代フランス社会においてもユダヤ人差別はなくならず、第2次世界大戦中に多くの命が失われたことは改めて指摘するまでもない。ただ、その反省もあって、現在では反ユダヤ主義的な言動は法的な取り締まりの対象になっている。

フランス革命の理念はムスリムにとっても解放の理念として機能しうるはずだが、植民地における彼らの地位は「原住民」であって「フランス市民」ではなかった。そして今日ではフランス市民であるはずの彼らに対して、しばしば社会的な差別があることも残念ながら現実である。ところで、イスラーム嫌悪を表わすイスラモフォビアという言葉は、イスラームに対して恐怖を覚えることであり、それ自体では犯罪とはならないのである。

このような違いが、当事者たちに二重基準と受け取られうるものであることは想像に難くない。しかしその一方で、人種や宗教を超える共和主義の理念が、実際にムスリムを社会に統合する役割を果たしてきたことも事実である。スカーフ禁止法などを思い浮かべると、フランスは他のヨーロッパ諸国にも増してイスラモフォビアの傾向が強いという印象を持つかもしれないが、実際にはムスリムに好感を抱くフランス人の割合は、ヨーロッパ各国と比べて高いのである。

雰囲気に変化なし

私はこの2月から3月にかけて、ストラスブールに20日ほど滞在した。今回の事件は「フランスの9・11」とも呼ばれただけに、フランスもアメリカのように戦時体制に入ってしまうのではないかという一抹の恐れもないではなかった。事件後のフランスを肌で感じてみると、モスクやシナゴーグは銃を持った憲兵や警察が厳重な警戒に当たっていたが、市民生活に大きな雰囲気の変化は特に見られず、多少なりとも安心した。今回のような事件は、残念ながら今後も起こる可能性があるだろう。掛け声は勇ましい「テロとの戦争」とは異なる解決の方向性が、なんとか探れないものだろうか。

私としては、表現の自由は無制限ではなく、やはり一定の配慮をしながら限界を設けるべきであろうと考えている。自己検閲すべしというのではなく、今日の国内外の情勢に照らして実践感覚として再定義されるべきではないかということだ。ただし、フランスの論調を見ていると、そのように考える人は少数で、主流ではないようだ。

しかし、共生というのは、誰もが一定のフラストレーションを溜め込むのを甘受することではないだろうか。ライシテの基本法である1905年の政教分離法は、公認宗教制度を廃止しつつ信教の自由を保障するというもので、制定当時はカトリック側も共和派側の多くも不満を味わったものである。それが今日にまで及ぶ共生の枠組みを規定し続けてきた法律だということに、もう一度きちんと思いをはせたい。

日蓮遺文の真偽論と思想史観 花野充道氏7月4日

1、研究者の思想史観 2023年の12月、山上弘道氏が『日蓮遺文解題集成』を上梓された。山上氏の永年の研究成果に基づいて、日蓮遺文を真撰・真偽未決・偽撰の3種に判別して示…

「寺子屋学習塾」で地域社会の再興を 今西幸蔵氏6月27日

社会に構造的な変化 全国の地域社会に危機的な事態が発生している。既存の組織が崩れ、構造的な変化が起き始めているのである。自治会が、子ども会が、PTAが、未だ一部ではあるが…

増上寺三大蔵のユネスコ「世界の記憶」登録の意義と課題 柴田泰山氏6月18日

はじめに 本年4月17日の午後8時過ぎ、浄土宗と大本山増上寺がパリのユネスコ本部に対して共同申請していた「増上寺が所蔵する三種の仏教聖典叢書」が、ユネスコ「世界の記憶」に…

宗教と災害支援 地域に根を下ろす活動の中で(7月9日付)

社説7月11日

鎌田東二氏逝去 越境する学者が目指したもの(7月4日付)

社説7月9日

ガザ無差別攻撃 武力信仰が支配する世界(7月2日付)

社説7月4日
このエントリーをはてなブックマークに追加