「カッコいい大人」育てる社会へ ― チャレンジできる環境を(2/2ページ)
ふくしま学びのネットワーク事務局長 前川直哉氏
そうした大人たちの姿を見て、お話を聞くことは、灘校生にとって大きな刺激となりました。未来が不透明で、自分の将来像が描きにくい現代の高校生にとって、「こういう大人になりたい!」と思わせるロールモデルと出会う経験は、何物にも替えがたい学びの契機となっています。
そして私自身、東北で出会ったたくさんの「カッコいい大人」に魅了され、こういう人たちと一緒に働きたいと考え、福島に転居しました。
放射能に対する不安に悩まされる近隣の住民の皆さんのため、震災と原発事故の直後からボランティアによる除染を開始し、境内の裏山を線量の高い汚染土の仮置き場としておられる福島市・曹洞宗常円寺の阿部光裕ご住職。
同様に震災と原発事故の直後から、福島県相馬市・南相馬市に対する積極的な医療支援を行い、内部被ばくの調査を継続しておられる東大医科研の上昌広・特任教授と坪倉正治医師。教育によって福島を復興しようと、生徒たちのために積極的に動いておられる松村茂郎先生、高村泰広先生をはじめとする県内の高校の先生方。
灘校生による東北訪問合宿でこうした方々とお会いし、自分に何ができるか考えた上で出た結論が、灘校を辞めて福島で活動することでした。灘校は私にとってとても愛着のある学校で、辞めることに寂しさはありましたが、20年前の震災の時に頂いた恩師の言葉、そして「自分はこういうときのために教員になったのだ」という思いが決断を後押ししてくれました。
東北の「カッコいい大人」の共通点は、先例にとらわれずに思い切った行動を継続しておられる点です。難題が山積し閉塞感が漂う中、日本社会に蔓延する「安定」志向、「無難」なものをよしとする風潮は、ますますその色合いを強めています。
しかし、千年に1度と言われる大震災と、原発事故という未曾有の事態、そして人口減少に伴う近代始まって以来の大きな転換点にある今の日本において、「安定」や「現状維持」、そして「無難」な選択の積み重ねは、単なる「無作為」に堕してしまう可能性が高い。とりわけ、私たちが死んだ後にも残ってしまう大きな大きな課題に立ち向かわねばならない次の世代の若者たちのために、新たなチャレンジに積極的に取り組める環境だけは、最低限作り上げておかねばならないと、私は考えています。
そのために、私たちができることは二つ。まずは自分たちの世代で一つでも多くの課題を片付けておけるよう、最大限手を尽くすことです。「安定」志向に縛られず、リスクを取ってでも課題に果敢に挑む大人たちの背中を見ることで、子どもたち自身もどのように生きるべきかを考えてくれます。
そしてもう一つは、チャレンジをした結果、失敗した場合のセーフティーネットを整えておくことです。新たな挑戦に、失敗はつきもの。失敗した人を「それ見たことか」と突き放す社会では、誰もが臆病になってしまいます。たとえ成功しなくてもチャレンジを称え、なぜ失敗したのかを本人が反省し、改善した上で新たな挑戦に立ち上がるまでじっと見守る環境が用意されていてこそ、人々は思い切った行動をとれるのです。
これまでも時代の変わり目には、お寺や神社、教会が舞台になることがたくさんありました。ある時は先例にとらわれず、課題に立ち向かうプレイヤーとして。そしてまたある時は、チャレンジに失敗し再起に備えるプレイヤーを支えるサポーターとして。これからも宗教界の皆様が、行動する者の結節点となられ、行動する者を力強く支える基地となられることを、一人の市民として強く願っております。