「魂のシェルター」としての宗教 ― 人々が排除されない地域へ(2/2ページ)
支縁のまち羽曳野希望館代表 渡辺順一氏
排除型社会を生きる人々の生きづらさは、会社や学校や家など様々な共同体から人間が無惨に吐き出されていく濁流の中で、吐き出されてしまった他人の姿に、自らの明日の姿を見いだしながらも、彼らの「痛み」や「不安」と共感的に繋がり合うことなく、「弱者いじめの連鎖」(北村年子)に絡め取られてしまい、それぞれが孤立してしまっていることにある。
通行人は、路上に寝そべる人たちの横を、何も存在しないかのように無視して通り過ぎていく。その行為は、彼らとの人間的な関係性を拒否する態度の表明であっただろう。商店街の飲食店経営者たちは、冬の夜間、軒下に人が寝ないように水をまいた。繁華街では、酔っぱらったサラリーマンや、ゲームセンターにたむろする少年少女たちが、人がいる段ボール小屋に火がついた煙草を投げ入れ、花火を撃ち込み、暴力を振るった。野宿者を排除する人々もまた、排除型社会に不安を抱きながら生きる人々だったのである。
そうとすれば、「公」や「共」が排除/隔離/保護/支援の対象と見なした「私」の、「つぶやき」のような言葉は、実は多くの人々の生きづらさを代弁するような、公共性の種を宿していたのかも知れない。今日では、路上生活者の数は減少している。しかし、「ネットカフェ難民」と呼ばれる住居喪失者、不安定就労のシングルマザー、精神障がい・発達障がいの人々、「ひきこもり」の青年たち、家族との繋がりを喪失した独居老人など、多様で膨大な「見えないホームレス」が地域社会に潜在化されている。
これらの人々は、「公」や「共」にとっての支援の対象、客体としての「私」に過ぎないのだろうか。彼らこそが、誰にとっても生きづらい排除型社会を変革する主役であり、公共性の担い手なのではあるまいか。彼ら一人ひとりが発する「つぶやき」のような言葉に耳を傾けること。その「私」と「私」との小さな関係性の中に、人々が排除されない新しい公共空間への扉が開かれていくのではないだろうか。「公」が設定する公共圏に繋がれることが、「共」や宗教にとっての公共性の獲得なのではない。むしろ、人々の「痛み」に繋がり、それらの「つぶやき」を共有化して、流通可能な言説に練り上げていきながら、「公」のあり方を変えていく努力をすることが、「共」や宗教の役割なのではないだろうか。
私たち「支縁のまち羽曳野希望館」は、そのような思いを抱きながら、貧困世帯や高齢独居世帯が集中する公営住宅やアパート・文化住宅を巡回訪問し、生活の困り事などを聞き取りする活動を、少しずつ行ってきた。その過程で、フードバンクや社協・CSW(コミュニティ・ソーシャル・ワーカー)との連携が生まれ、現在では市・社協のケースワーカーの支援活動に協力する形で、「緊急食」支援の活動も行っている。
私たちが訪問した公営住宅は、老朽化し、周辺に病院やスーパーなどの生活インフラが皆無の状態であるため、半数以上の部屋が空室になっていた。子ども世帯が少なく、一人暮らしの老人や生活保護世帯が取り残されたように暮らしていた。広大な敷地の住宅全体がゴーストタウンのようで、人が住んでいるのかいないのか分からない状態であったが、声をかけると、応じて玄関先まで出てきて、生活状況を話してくれる人も多い。
72歳の独居女性は、「隣人がアルコール依存症で、夜中に叫んだり、騒音を出したり、ゴミを放置するので、ストレスが溜まり、眠れなくなった。生活は、亡くなった夫の遺族年金5万円で暮らしており、家計は苦しいが、娘夫婦が援助してくれており、生活保護を受給するつもりはない」と語っていた。
今後とも、これらの「つぶやき」に耳を傾け続けていきたい。