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奥村一郎神父の軌跡 ― 信仰の種を「蒔く」宗教者(1/2ページ)

愛知大国際問題研究所客員研究員 内藤理恵子氏

2014年7月25日
ないとう・りえこ氏=1979年、愛知県生まれ。2002年に南山大哲学科卒業。10年、同大人間文化研究科博士後期課程修了。博士(宗教思想)。著書に『現代日本の葬送文化』『必修科目鷹の爪』『哲学はランチのあとで』他。

禅を修し、カトリックに改宗して教皇庁諸宗教対話評議会顧問なども務めた奥村一郎神父が6月4日に亡くなられた。

私の神父との出会いは偶然であった。大学院生だった10年前、私は学内で高齢の男性に学食の場所を尋ねられた。ご案内すると「病身でも食べられるものを教えてください」と言われた。そこで「うどん」を勧めたところ、その方は名刺を下さり、うどんを食べながら、初対面の私にご自分の神秘体験について話して下さった。

「大学生のとき禅の研究をしていた。そして聖書を全否定する論文を書いた。すると、巨大な城が崩れ、自分の分身が倒れるというヴィジョンを鮮明に見た。あまりに衝撃的だったため、それを機にカトリックに改宗した」という内容だった。当時、宗教的な感受性が乏しすぎた私にとって、その話はあまりに突拍子もなく、唖然としたことを覚えている。訃報は、それから10年が経ってのことだった。

奥村一郎神父とはどのような人物であったか。著作のプロフィールによると「1923年生まれ。旧制高校時代より『正法眼蔵』に親しみ、中川宋淵師に師事する。東京大法学部、同大文学部卒業後、カルメル会入会のために渡仏。帰国後は京都ノートルダム女子大教授、聖母女学院短大学長」などとある。

彼の人生の軌跡がインタビュー形式でまとめられている資料は『ヴィタリテ』(医療機器メーカーの社外報)のバックナンバーで読むことができる。インタビューによれば、奥村神父は大学卒業後、龍沢寺の雲水修行に入り、禅に打ち込んだ。神父は雲水修行に入る前の東大時代に聖書と出合い、聖書を「荒唐無稽な信心物語」と評価し、それどころか聖書の奇跡と教えを一切否定する内容の「反キリスト論」の論文を書き上げた(1948年)。そして前出の城が崩れる神秘体験をする。

神秘体験によって「論文はまちがい。奇跡のないキリスト教はありえない」「いま、私は聖書に書かれていない奇跡であっても信じる」という言葉が魂からこみ上げてきた彼は禅の老師を訪ねた。そして老師に「キリスト教を体でわかるために洗礼を受けなさい」と一喝され、受洗後に渡仏する。禅の老師にカトリック改宗を促されるとは、希有なことであろう。彼のインタビュー記事を読めば彼自身の気性の激しさを想像してしまいがちだが、私が出会った奥村神父は穏やかで優しい印象であった。

しかしなぜ、初対面の私に「神秘体験」を語ってくれたのか。それは長い間謎のままであったが、神父の死後、インタビュー記事を読んで、ふと思い当たることがあった。記事の中に、奥村神父が禅の老師に相談に行った際、「開山白隠禅師のご命日で檀家からいただいた『うどん』のご相伴になった」との記述を見つけたのだ。私が食堂で「うどん」を勧めたことがきっかけで、神父は若き日の経験を思い出されたのかもしれない。プルーストの『失われた時を求めて』の冒頭に出てくる「マドレーヌ」のように「うどん」が彼の記憶の扉を開いた可能性は大いにあるだろう。

奥村神父の「禅修行を経ての受洗」という特異な経緯と、カルメル会での修道生活および研究生活は、1991年発行『聖書深読法の生い立ち―理念と実際―』(東京大司教認可済)という著作の中に実を結んでいる。とくにこの本の「文化論的綜合法」という章にそれは顕著だ。この章では、「坐禅と聖書深読とを融合する」という方法論が提案されている。たとえばこの章の中の「カルメル会の『沈黙の祈り』には禅的な『調息』『調身』が抜けている」との大胆な指摘には驚かされる。そこで「心身一如」を聖書深読に活用しよう、というのだ。

また、写経の手法を聖書に応用できないか、とのことで、実際に聖書を写経(福音書の臨書)する手法が紹介されている。「旧約聖書の詩編、ヨハネ福音書の冒頭、コリント人にあてた第一の手紙13章、愛についての美しいパウロの言葉など、細分して写経すると、いっそう黙想になろう。ふつうのノートの場合、1行おきにする。視覚的空間は心理的空間をつくってくれるから」とある。写経の手法をカトリックの黙想に取り入れるという試みはカトリック信者に新しい地平をもたらし、また仏教者にとっても発見があるのではないかと思う。

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