《部派仏教研究の現状と展開①》説一切有部におけるアビダルマの歴史(1/2ページ)
佛教大仏教学部専任講師 田中裕成氏
釈尊滅後のインドの部派仏教時代、数ある部派の中でも最も優勢を誇った説一切有部(以下、有部)という部派があった。彼らはアビダルマ文献とも呼ばれる数多くの仏教哲学文献を創出し、北伝仏教に多大な影響を与えた。そのような有部のアビダルマとは何なのか、またその目的はどこにあったのか。有部における「アビダルマ」をその歴史から簡単に紹介したい。
仏教の伝統においてアビダルマという言葉は経律論の三蔵における論(アビダルマ)を示す言葉であり、アビダルマとは「釈尊の教え(ダルマ)に関するもの(アビ)」として広く知られる。詳細な解釈は部派ごとによって異なるが、有部においては、論蔵(アビダルマ・ピタカ)を、「釈尊が説いたダルマの特徴(法相)に関する説示を集めたもの」と紹介することが多い。通常、ダルマは広く「釈尊の教え全般」を意味するが、ここでのダルマは、釈尊の教えが凝縮された、三学、四食、五蘊といった法数とも呼ばれる、複数の構成要素からなる教えの集まりが特に意図された。
例えば、経典に頻出する「五蘊」という法数は、人間の執着の対象を、色蘊(物質の集まり)、受蘊(感受作用の集まり)、想蘊(表象作用の集まり)、行蘊(その他の心理作用などの集まり)、識蘊(識別作用の集まり)という五つの分類に区分して整理したものである。
この色蘊について釈尊自らが別の経典で「色蘊とは、過去の色や、未来の色や、現在の色の集まりである云々」といった具合に説明することがある。このような釈尊の経典中の断片的な法数に関する説明をテーマごとに収集し、体系的に整理したものが論蔵(アビダルマ)である。いうなれば論蔵(アビダルマ)とは、仏弟子たちによる釈尊の教え(経)に対する抜き書きノートのようなものである。
そのため、論蔵は仏滅後に仏教徒たちにより編纂著述されたものであるが、その出典が仏説であったため、有部の伝統的立場では、論蔵も仏説に位置づけられる。具体的には、『集異門足論』『法蘊足論』『施設足論』『界身足論』『識身足論』『品類足論』『発智論』、以上の七つの論が有部における論蔵(仏説)としてのアビダルマである。
これらの論蔵では釈尊の教説の収集整理が行われ、それに伴い独自の教義体系の構築も進められた。中でも『識身足論』では、「三世実有法体恒有(存在の構成要素〈ダルマ〉)は、未来、過去、現在という三種のいずれかの状態で永遠に存在し続ける)」との教義が登場した。説一切有部との部派名称はこのダルマの在り方を述べた教義に由来する。そして、最後に成立した『発智論』では、それ以前の六つの論書(六足論)で個々に説かれた複数の教義体系が一つの教義体系へと編纂された。その点では、『発智論』こそが論蔵時代のアビダルマにおける一つの集大成と言えよう。しかし、その内容は完全なものではなかった。
釈尊が残した教説は有限であり、それらを編纂して制作した論蔵の記述は、仏説としての権威があるものの断片的でやや不完全なものであった。対機的に説かれた経典ごとの記述には矛盾や問題もあり、論蔵における釈尊の言葉の整理だけでは、釈尊の教えを体系的に整理することに限界があったのである。
そこで、アビダルマ論師たちは、仏教の教えのさらなる完全な体系化を目指し、『発智論』に対する注釈という形で、自分たちの言葉を用いて、教えの補完と体系化を始めた。その結果作り出されたのが『阿毘達磨大毘婆沙論』(以下『婆沙論』)である。
彼らが制作時に最も重要視したのは、現存する釈尊の教説でも、『発智論』の教義でも、禅定による宗教的体験でもなかった。彼らが最も重要視したのは理論的な整合性による正しさ、いわゆる合理性であった。