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中国仏教思想史上における『宗鏡録』(2/2ページ)

花園大国際禅学研究所専任講師 柳幹康氏

2017年2月2日

ついで蓮宗の教えが広まり禅宗に比肩する明清になると、禅宗と蓮宗双方の祖師とされる延寿に人々の注目が集まった。元代を代表する著名な禅僧中峰明本(1263~1323)は、禅と浄土の兼修を認めない自身の立場を延寿に投影し、延寿が禅と浄土を併せ説いたのは、あくまで人々を導くための方便に過ぎなかったとした。

それに対し明末の四大高僧のひとり雲棲袾宏(1535~1615)は、当時激化していた禅の逸脱を矯めるために禅と浄土の兼修を重んじ、その立場を投影して延寿を「禅浄一致」の祖師と讃えた。袾宏自身が没後蓮宗祖師に列せられたことで、その延寿理解も世に浸透し、延寿は近世中国仏教の二大潮流――禅宗と蓮宗――を統合した偉大な祖師として人々に記憶されることとなった。

次に調停者としての延寿像について見よう。延寿の没後まもなくに編まれた伝記には、延寿が諸宗を調停したという話が全く見えないのに対し、延寿没後百年、禅宗が中国仏教界を席巻する北宋の時代になると、延寿は禅宗所伝の「一心」により教宗――天台・法相・華厳など仏典解釈に重きを置く諸宗――の諍いを解き『宗鏡録』を編んだという理解が現れる。

教禅一致の調停者

ついで禅宗優勢の宋代から、皇帝が教宗を禅宗の上に据える元代になると、当時を代表する禅僧中峰明本は延寿を「教禅一致」――教宗と禅宗の統合――という偉業を成し遂げた偉大な祖師と看なした。そして明朝の抑圧政策による仏教の衰退を経て、仏教復興の機運が高まる明末になると、延寿は「教禅一致」のみならず仏教内部の一切の諍いを調停した仏教全体の復興者であるという見方が、時の四大高僧のひとり憨山徳清(1546~1623)によって示された。

以上の見解はいずれも仏教界内部のものであったが、清代になると王権のもとに一切の思想を包摂・統合せんとする雍正帝(在位1722~35)により、「一心」を核に仏教を総括する延寿の思想が高く評価され、延寿と『宗鏡録』は中国仏教史上「第一の導師」「第一の妙典」と絶讃されることとなった。天下の最高権力者である皇帝がこのように明言したことで、清代における延寿の地位は揺るぎないものとなった。

このように宋代以降、中国仏教が諸宗融合の道をたどるなかで、禅と浄土、教と禅など各種対立が前景化するたびに、それを「すでに解消していた古の聖人」として延寿が繰り返し想起され、人々は『宗鏡録』から「禅浄一致」や「教禅一致」など各種の「一元的仏教」を読み取っていった。

『宗鏡録』は本来特定の対立要素を単純に一致させるのではなく、一心を核に仏教思想全体を統合する書物であったが、そこには教や禅・浄土のみならず仏教の重要な要素が広く収められていた。だからこそ『宗鏡録』は数百年もの長きにおよぶ生命力を保ち、各時代の求めに応じた仏教の理想像を提供することができたのである。

朝鮮・日本も受容

なお『宗鏡録』は中国のみならず、朝鮮・日本でも受容された。延寿在世時に『宗鏡録』を見た高麗国王は袈裟や数珠等を贈り弟子の礼をとる一方で、僧侶を派遣して延寿のもとで学ばせ、その法を自国に伝えさせている。また日本には宋代における開板後まもなく『宗鏡録』が伝わり、鎌倉・室町を通じて禅僧を中心にひろく受容された。

なかでも日本における臨済宗興隆の礎を築いた円爾(1202~80)は布教の過程で『宗鏡録』を時の天皇や関白・高僧などなみいる人物に講じており、その講義を受けた後嵯峨天皇は『宗鏡録』の巻末に「朕此の録を爾師〈=円爾〉より得て性を見おわんぬ」と書き付けたという。このように『宗鏡録』の影響は当時東アジア全域に及んだのであった。

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