『臨済録』国際学会を振り返って ― 禅宗史研究に新知見・新資料(2/2ページ)
花園大教授 衣川賢次氏
胡適は20世紀20、30年代に敦煌文献や碑文、唐代文人の文集中の記述など同時代の新資料を発見し、これにもとづいて従来の灯史を疑い、歴史学的研究として新たな禅宗史を叙述した。文献と歴史を重視して禅宗史を理解することで成果を挙げ、一個の研究モデルを確立したのである。
西田幾多郎や阿部正雄の禅哲学の研究、鈴木大拙の禅の信仰と心理学的研究は、中国ではさほど注目されていない。欧米ではいわゆるポストモダンの新理論に依拠して禅を論ずる風潮が生まれ、中国にもその追随者が現れた。しかし、目新しい衣装を着けただけで、見るべき成果というべきものはなかった。
中国では「歴史と文献」を重視する研究こそが、近年関心の高まっている唐宋以後、元明清時代の禅宗史研究の分野においても、歩むべき道である。そこにおいてこそ、新しい資料を発見し、新たな知見の開拓を期待し得るだろう――。
歴史観を問題提起
対論者として登壇した末木文美士氏(国際日本文化研究センター名誉教授)は、葛氏の「胡適の延長線上におけるさらなる開拓の道」を承けて、胡適には20世紀の近代主義があり、80年代以後の中国では反唯物史観を背景とした禅宗史研究があったが、では現代において「歴史と文献」重視の研究をおこなう際にいかなる歴史観をもつのかという問題を提起した。
さらに末木氏は、禅宗史はそれ自体独立したものではなく、仏教史・中国思想史全体のなかでとらえるべきであると指摘。日本においても13世紀に移入された禅宗にいまだ宗派観念はなく、臨済宗の形成は14世紀頃まで下り、固定するのは江戸時代17世紀になってからであるとし、過去の常識を疑い、これを反転させる研究でなければならないと論じた。
葛氏はこれに答えて、日本と中国の研究は、現実社会の問題に対する態度、社会や文化への影響力、研究伝統の点でそれぞれ違いがあると語り、まず相違点があることを相互に理解した上で、互いに協力関係を構築することが必要であると強調。今後、日中の研究者が研究交流を進めていくうえでの重要な示唆を与えた。
一言附言すると、胡適のいう「歴史と文献の重視」はいまや研究の常識に過ぎず、彼がのこした成果もすでに顧みる人はいない。難解といわれる禅文献を禅思想史の脈絡と漢語史の角度から丹念に読み、そこから新しい問題を発見して知見を開く努力こそが、いま求められている。
なお、5部に分かれたセッションの発表者、各論文の概要については、臨黄ネットのホームページの臨済禅師1150年・白隠禅師250年遠諱大法会欄のシンポジウム「『臨済録』国際学会総括」を見られたい。
論文集は来年刊行
学会期間中に頒布した論文集には、資料編「『臨済録』研究史資料集」として、日本における研究史に関わる諸資料(抄物、提唱、研究書)の解題、戦後の研究史、韓国における研究情況、英訳『臨済録』の比較紹介の諸文を収めているが、これは遠諱記念事業の一環として2年をかけて作成され、従来研究のなかった分野の資料集である。諸論文と資料集は『臨済禅師1150年遠諱記念『臨済録』国際学会論文集』(日本語版)として禅文化研究所から来年3月に出版の予定である。