国内外で感染症対策を指揮した医学者 尾身茂さん(75)
世界保健機関(WHO)をはじめ、国内外で感染症対策を指揮した。2020~23年には新型コロナウイルス感染症対策分科会の会長として100以上の提言をした。「全ての人が普遍の価値を持つと考える『いのち』を扱う専門職という意味で、医学と宗教は共通する部分が多い」と話す。
奥西極
医師を志すきっかけは。
尾身 中高時代は医師になりたいと思ったことは一度もありませんでした。高校3年の1年間、米国に留学したこともあり、外交官や商社員のような世界を飛び回る仕事をしたいと思っていました。しかし、当時は学生運動の最盛期で、志望していた東京大の入試も中止になりました。外交官になりたいなどと言えば「人民の敵」と糾弾されるような時代です。すっかり目標を失ってしまいました。
学生時代は、書店に入り浸る毎日でした。中学時代から心の問題に関心があり、哲学や宗教の本をたくさん読みました。宗教では、キリスト教や親鸞の思想に関心を持ちました。そのような日々を過ごす中で、内村祐之の『わが歩みし精神医学の道』という本と出合い、医師を志すようになりました。
大学を中退し、医学部受験に向けて勉強していたある日、新聞の「自治医科大学 1期生を募集」という見出しが目に留まりました。地域医療という理念に共感して受験を決意し、翌年に1期生として入学しました。
卒業後は医師として地域医療に関わっていましたが、世界の舞台で活躍したいという夢が忘れられず、厚生省の技官を経て、1990年にWHOに入りました。
WHOではどのような仕事をしていたのですか。
尾身 フィリピン・マニラの西太平洋地域事務局で、同地域におけるポリオ根絶に取り組みました。ポリオ根絶に向けたプロジェクトは困難を極め、一日一日が苦悩の連続でした。しかし困難が多い分、充実感も大きかったです。99年からは西太平洋地域事務局長も務めました。WHOで働いていた期間は、私の人生の中で、最も充実した時間でした。
2009年に事務局長を退任し、帰国しました。落ち着く間もなく、新型インフルエンザが大流行しました。海外で長く感染症対策をしていたこともあり、新型インフルエンザ対策本部専門家諮問委員会の委員長に就任しました。それ以降、政府の感染症対策に関わるようになり、20年に新型コロナウイルスのパンデミックが起きた際にも新型コロナウイルス感染症対策分科会の会長を務めま…
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