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植民地朝鮮での「仏教の語られ方」― 近代日本の宗教≪7≫

京都府立大准教授 川瀬貴也氏

2017年4月12日付 中外日報(論)

かわせ・たかや氏=1971年、大阪府生まれ。東京大大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。専門は宗教学、日韓近代宗教史。2006年から現職。著書に『植民地朝鮮の宗教と学知』(青弓社)、共著に『「呪術」の呪縛(上巻)』(リトン)など。

植民地期の朝鮮半島には、日本の様々な宗教、仏教宗派が在留日本人を主な対象としつつ海を渡ったことが知られている。日本仏教は基本的に宗派別の活動をしていたが、当時の『朝鮮仏教』という雑誌は宗派の垣根を越え、時には朝鮮仏教とも協力して発行されていた。このエッセーではこの雑誌と、その誌面に現れていた特徴(日朝仏教それぞれの「自画像」「他者像」など)を紹介したい。

朝鮮仏教=隠遁的=前近代的の言説
 雑誌『朝鮮仏教』について

この雑誌は1924年から36年まで発行された(全121号)。創刊の目的は、少し長いが引用すると(以下、引用は現代仮名遣いに直した)

「第一は半島に於ける仏教界の消息を報道することであります。(中略)第二には、古来の仏教が半島文化の上に貢献した処は頗る偉大なるものでありますが、これが今日に於いては全く顧みられない有様でありますから、此事に就て、仏教が半島の文化史上没却することの出来ぬ至重の関係あることを闡明したいと思います。第三には、内地の仏教は、元来半島から伝えられたものでありまして、半島の仏教は、即ち内地仏教の為には親筋に当るのであります。然るに現今に於ては、内地の仏教独り盛になって、半島の仏教は却って衰微して仕舞ました。それに就て朝鮮の仏教と内地の仏教とには、如何なる関係があり、其の盛衰の原因は何処にあるかと云うことを研鑽して見たいと思うのであります。第四には(中略)今では只だ朝鮮の仏教は全く詰らない者のように世人から考えられているからその誤解を打破したいと思います。第五には、朝鮮現在の仏教は、僧侶の仏教の如くなっていて民衆とは更に没交渉になっていますから、仏教の民衆化に向って努力したいと思います(「発刊の辞」、創刊号)」

というものであった。

ここに現れているように、日本仏教=民衆的=近代的、朝鮮仏教=隠遁的(非社会的)=前近代的という言説はこの後も多く見られ、朝鮮仏教がそれを受け入れる形で「仏教の近代化」の基調となっていく。つまり、日本側からの朝鮮仏教の「他者像」がいつの間にか朝鮮仏教の「自画像」となってしまったのである。

また、上記のように「仏教は朝鮮から伝えられたのだから、今衰えている朝鮮仏教を復興させるのは日本仏教の務めであり恩返し」というような言い方も頻出するが、私はこのような仏教という共通項を媒介にしたアジア連帯や仏教復興を目指した言説を「仏教(的)アジア主義」と呼びたい。この雑誌は、まさにこのような「仏教観」から出発したのである。

祖師崇拝の欠如が衰退の原因と解釈
 朝鮮仏教の衰頽への視線

同様に、朝鮮人僧侶の李晦光という人物は「余は思うに朝鮮仏教を山中より世間に出し之を社会化して、仏教は民衆の仏教にして之を僧侶に局限せるものに非ざる事を高叫し、仏教界の言論を世間に輸出し、世間の言論を仏教界に輸入させるための言論機関や新聞、雑誌等の事業を施設して相互間の意味を相通じ道徳を以て為本とし、一世を同化するの資格を養成して尊卑貴賤を問わず四流入海、同一鹹味としなければならぬ(『朝鮮仏教の復興に就て』、創刊号)」と、上記同様、「朝鮮仏教の近代化」を高唱している。

李晦光は後にいわゆる「親日僧」の筆頭と目されるが、「仏教の近代化」の課題は、朝鮮人僧侶にも深くのしかかっていたのが読み取れよう。事実、日本仏教に比べて、朝鮮仏教は朝鮮王朝時代の抑仏政策によって社会的勢力を喪失しており、日本による植民地化が進むと、日本仏教と提携しようとしたり、植民地状況を奇貨として仏教の復興を構想する朝鮮人僧侶が出現したのである。上記の李晦光もそのような僧侶の一人であったと言えよう。

一方、日本人から見た朝鮮仏教の衰頽の原因として、「祖師崇拝」の欠如が唱えられてもいた。この雑誌の主幹の中村三笑は「彼等は只だ朝夕釈尊を礼拝すれば、僧侶の能事足れりと考えているようであるが、それだけでは決して信仰は起らない。法は行われない。祖師や開山に対する尊崇の念は、少なくとも僧侶たるものの中心精神でなければならぬ。僧侶諸師にして此点を看却するならば、如何なる振興策も、恐らくは徒労に帰するであろう(中村三笑『朝鮮仏教衰微の主因』、22号)」と述べ、朝鮮仏教には日本仏教のような「祖師崇拝」がないのを朝鮮仏教の不振の原因としている。これは祖師崇拝が中心であった日本の各宗派の在り方を裏返した見方であった。このように『朝鮮仏教』誌上では、朝鮮仏教を「日本仏教に比べて民衆への影響力が小さく、近代化もしていない」と見なしていたのである。

戒律から反対意見 留学僧に肯定の声
 肉食妻帯論争

日本仏教が朝鮮仏教に与えた最大の影響は、「肉食妻帯」の「輸出」であろう。事実、朝鮮仏教界は今現在も肉食妻帯を認めない曹渓宗が主流である(妻帯を認める太古宗は解放後に曹渓宗から分離)が、実はこの雑誌でも肉食妻帯の可否が論じられていた。

まずこの雑誌では

「現下朝鮮に於て、従前三十本山の住職たる者は、戒律を厳持する清僧で無ければならぬと云うことが、寺法の明文に規定されて居ったのであるが、近来追々内地留学出身の青年僧侶が帰来して、それぞれ故山に入る者が多くなった事も近因をなし、内密に婦女を蓄え、僧戒を紊る者が増加するので、寧ろ寺法を更改して肉喰妻帯を公許すべしと主張する者尠なからず。本山側から、当局の諒解を求むる運動をなすに至り、之に対し禅界の有力者たる白龍城師を中心とする百余名の僧侶は、奮然蹶起して、是が反対運動を試みると云う状態にまで立ち至ったのである。僧侶に肉喰妻帯を公許するが、果して是乎、せざるが、非乎。乞う、満天下の僧俗諸賢、各位の抱懐せらるる処を、堂々本誌上に披瀝論議せされよ!(『僧侶肉喰妻帯の可否』、26号)」

と述べ、日朝仏教双方からの意見を募ったのである。ここで注目すべきは、朝鮮人僧侶に、特に「内地」に留学した者の中に「肉食妻帯」僧が出てきたことが述べられていることである。

この件に関しては27号(26年7月)から29号(同年9月)の3回にわたって、日朝の僧侶、信徒から投稿された意見が掲載されている。概して日本人側は、浄土真宗の例を持ち出して肯定的、朝鮮人側は「若し強いて肉を喰らい、婦女を養わんと欲するならば、須らく仏弟子たる僧位を返却して、而して後に公然之を行うべきであると思う(「須らく僧位を捨てよ」、27号)」と、大半が戒律から反対意見を出していた。

ただし、朝鮮人僧侶にも

「白龍城氏一派の建白書に就いては、私としては何も言いたくもなく、また論ずべき何等の価値も有しない問題である。又教界に与論を喚起をせしめる様なものでもない。というのは、この問題に対しては、当局に建白書まで提出する必要もなく、僧侶自ら慎むべき問題で結局は、個人の自由であるのである。肉喰妻帯を以って朝鮮仏教の衰退の原因ともなり、又此の禁止によつて復興するものでもない(「朝鮮仏教の興廃とは何の関係もない」、27号)」

というような肉食妻帯に肯定的な意見を持つ者が散見できる。「内地」留学から帰国して「妻帯」した僧侶も単なる「破戒」「堕落」と言うよりは「日本的仏教」を拒否するか否か、と考えた方が良いのかも知れない。

植民地朝鮮における日本仏教の活動は、朝鮮人布教の失敗や統治権力との協力や癒着がこれまで語られてきたが、一方では、肉食妻帯や、「近世仏教堕落観」のような現在まで続く影響を与えてしまったことも想起するべきであろう。