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社寺観光の今後の展望 ― 多様化する旅行ニーズに対応を

JTB総合研究所主任研究員 河野まゆ子氏

2017年3月3日付 中外日報(論)

こうの・まゆこ氏=2000年、東京大文学部美術史学専攻卒。旅行会社勤務後、筑波大大学院修士課程芸術研究科世界遺産専攻修了。06年から現職。精緻な調査データに基づき、地域資源を活用した観光振興のコンサルティングや、文化財活用、危機管理等をテーマにした地域活性化戦略の策定を行う。

筆者は、およそ20年前から仏像の美しさに魅せられ、それを巡ることを趣味としてきた。2年前、久方ぶりに近江のお寺を巡ろうと思い立って出掛けたのはよいが、かつて参拝させてくれた複数のお寺がまるで廃寺同然の有様となっていることに衝撃を受けた。あのとき感動した小ぶりな十一面観音坐像や、青銅の弥勒半跏思惟仏はいまどこにあるのだろう、人々に仰ぎ見られ、感嘆の声を上げてもらえる場所にそれはあるだろうか、あるいはどこかの収蔵庫の暗闇に眠っているのだろうか。都内の博物館で仏像をテーマとした展覧会が企画されれば必ず満員御礼となる昨今、地域の仏寺に足を運ぶ人が多くないということは、どこか矛盾するものではないのか。

『美坊主図鑑』なる僧侶にスポットを当てた写真集が売り上げを伸ばしたり、“御朱印集め”をする若年女性が社務所に列を作ったりする最近の動きは、10年前には想像できなかったことだ。とはいえ、社寺も、本来の命題である信仰や伝統文化の継承という使命から抜け出すことはできない。このような問題意識を契機として、観光や人の交流という切り口から、神社や仏寺と連携して、地域活性化の方策を模索する日々が始まった。

1.はじめに ~旅行者の社寺に対するニーズ~

人々の旅行に対するニーズは多様化の一途をたどっている。若年女性を中心としたパワースポットブーム、御朱印ブームをはじめ、写経、坐禅、阿字観などの仏教に関する体験も浸透しつつある。

また、訪日外国人の増加に伴い、「日本らしい風景・体験」を求めて神社仏閣に足を運ぶ外国人も増加している。訪日旅行者の地方分散が進み、全国各地の社寺に訪日外国人が足を向けるようになった。京都の伏見稲荷大社は、世界最大の旅行口コミサイト“トリップアドバイザー”が発表する「外国人に人気の日本の観光スポットランキング」で2014年、15年と2年連続1位に輝いた。稲荷信仰が理解されているわけではなく、千本鳥居の視覚的な圧倒感、分かりやすさと日本らしい自然景観とのマッチングが、訪日外国人が想像する“日本らしい風景”に合致するのが人気の理由である。一方で、伊勢神宮のようなシンプルな建築様式や、式年遷宮を通じた“常若”の理念は外国人にとっては分かりにくいものとなってしまっているのが実情だ。

2.誘客のターゲットは目的ごとに異なる

弊社が過去実施したインターネットアンケート調査結果によると、社寺または歴史文化に興味がある人は共に半数を超え、年齢が上がるにつれてその傾向は高まる。社寺と歴史文化への興味・知識がともに高い「マニア層」は男性に多く、興味は高いが知識が低い「ライト層」は女性に多いという傾向も明らかになった。

これまで、社寺訪問を主目的とした旅行の場合、熟高年など「社寺や仏像が好きな人」というマニア層に向けた商品展開が主流であった。知識がない人は、「粗相をしてはいけない」という礼儀正しさから足が遠のいてしまいがちである。しかしながら、社寺に対する知識や興味の強い層は決してボリュームゾーンではないため、“黙っていても来てくれる”マニア市場にのみ社寺の魅力を訴求していくと、人口減を背景に確実に参拝者は減少する。よって、社寺や歴史文化に対する知識を深めることを目的とした学習的傾向の強いコンテンツではなく、興味関心のある層が気軽にアプローチできるコンテンツをいかに提供していくかが、人々と社寺との距離を縮める鍵となる。

旅行先の社寺で希望する体験については、「抹茶・和菓子」「精進料理」「宿坊」といった飲食・宿泊体験に加え、「特別拝観」「社寺・街歩き」ツアーや「御朱印」など、その地ならではの体験が人気だ。より社寺の本質に近づける「日常的な儀礼」「座禅」は一人で、特別拝観などの「深く知って楽しむ」ことは親しい関係の配偶者等と二人で、「抹茶・和菓子」「精進料理」は旅行気分で友人と、というように、体験の専門性やレジャー要素の強さによって、希望する同行者が異なることが興味深い。なお、「精進料理」は約3000円、「宿坊」は約8500円、「ガイドツアー」は2500円程度が想定する一人あたり費用とされ、かなり妥当な値ごろ感を有していることが読み取れる。

だが、体験メニューの人気が高まってきているとはいえ、観光気分で訪れる人が多くなることは必ずしも好ましいことばかりではない。集客活動と信仰・伝統の継承というジレンマを乗り越えていくためには、祈る心や尊ぶ心を有する参拝者を増やすための仕掛けが求められる。よくあるライトアップやイベントの種別によっては、開催場所が社寺である必然性が薄く、単発の誘客イベントで終わってしまう懸念もある。日本人の精神の根底に流れているはずの、自然や文化、歴史に対する宗教的な考え方を伝達するためには、社寺における信仰の本質を理解したうえで、その特別な舞台装置を最大限に生かし、一般の人々が楽しんで参加できるコンテンツを開発できる「価値の通訳者」が、社寺と観光産業をつなぐことが重要だ。

3.「お守り」が社寺の価値理解のきっかけになる可能性

日本人、特に若年層は、「宗教」という単語を嫌う傾向にある。オウム真理教や米国同時多発テロ、ISIS(「イスラム国」)などに関する報道に成長過程で触れてきたことも要因のひとつではあるだろう。とはいえ、「お天道様が見てる」という意識や、ゲン担ぎの習慣が世代を問わない共通感覚であることは確かで、縁結びの神社に若い男女が殺到することも、神仏の存在をごく自然に「あるもの」としていることの表れと言える。

調査結果によると、直近で受けたお守りのご利益は、「病気平癒/無病息災」が41・1%でトップ。“つつがなく日々を暮らせるように”という願いが一般的だ。しかし、若年層を性年齢層別に見ると興味深い傾向が見て取れる。「恋愛成就」というと若い女性だけをイメージしがちだが、20代男性の4分の1に縁結び守りの購入経験があり、これは30代女性よりも高い比率である。また、商売やビジネスの好調を祈願するお守りは、男性、特に働き盛りの40代でニーズがぐんと高まる。若年層ほど、目的特化型で願いの具体的なお守りを希望する傾向が強いことが特徴的だ。

お守りは古来、時代のファッションと、人々の願いの潮流の中でそのかたちを変えてきた。人々の暮らしぶりの変化や訪日外国人の増加など市場の変化を受けつつも、「願い」を心に留めたり、人に届けたいという本質的な思いは普遍的だ。

先に述べた「価値の通訳者」が、お守り、おみくじ、体験プログラムなどの由来や意義に立ち返り、時には現代的な解釈を通じて、これまで社寺との距離が遠かったライト層・若年層や訪日外国人の関心と理解を呼び起こしていくことは可能と考える。観光やお出掛けの機会に社寺を訪れた来訪者に、その場所で「なんとなく気持ちのよい場所だな」と感じてもらい、そこで受けたお守りを、単純な「モノ(お土産)」ではなく、願いと自分自身または自分の大切な人とをつなぐよすがとなる「コト・体験」であると捉えてもらうことが不可欠だ。

そのためには、僧侶・神職等によるインタープリテーションも重要になる。彼らの日々の願いや悩み、並びに社寺に対する観光・娯楽側面のニーズ、その両面を正しく汲み取り、敷居を低くしその本質へと届かせるための動線をデザインしていくことが、いまの社寺に求められていることかもしれない。