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町づくりにおける寺院神社の意義 ― 歴史的価値アピールを

首都大学東京客員教授 横溝良一氏

2017年2月10日付 中外日報(論)

よこみぞ・りょういち氏=1955年、東京都生まれ。東京教育大(現筑波大)卒。80年、東京都庁入庁後、都市整備局企画担当部長、建設局河川部長、建設局長、東京都技監を経て2015年8月から現職。一貫して都市づくり、都市基盤整備を担当。この間、欧州における長期海外研修等を経験。現在、東京都道路整備保全公社理事長を兼務。論文に、「木造住宅密集地域における特定整備路線の取組について」(日本都市計画学会)、「動き出したインフラの多機能利用」(土木学会)、「五輪開催に学ぶ東京の拠点整備」(都政研究社)等。

江戸時代まで寺院神社は、町づくりに大変重要な位置を占めていた。門前町ならば、寺そのものが中心となり町が形成され、城下町でも町全体を武家地、町人地、寺社地等に町割され、町を形成する不可欠の構成要素になっていた。しかし、明治に入ってからは、近代的な都市計画が導入されるとともに、震災や戦災の影響もあって町割が失われてしまった都市も多い。また、戦後、政教分離の観点から町づくりの分野でも寺社との関係が希薄になった。だが、言うまでもなく寺社は依然として現代の都市の中にも数多く存在している。例えば、東京23区でざっと数えただけでも4千以上の寺社がある。

都市内にある寺社を都市計画的に見ると、敷地内にある庭園や境内等は、都市に残された貴重なオープンスペースである。また、鎮守の森に代表されるように敷地内の樹木は、葉に水分を含み火災に耐性があり、その敷地は震災等の災害時に地域の人々が逃げ込むことができる安全で安心な場所ともなっている。さらに、枯山水や石碑、鳥居や手水居等の施設が数多く設けられ、文化財に指定されているものも少なくない。地域の歴史を語る美しい景観が保存され歴史的に価値が高い文化の拠点ともいえる。

このような中で、道路の整備や再開発等の都市づくり事業を進めるに当たっては、その存在を重視し積極的に手をつけることはしない。もちろん、都市計画道路の整備で墓地の一部が切り取られたり、事業の中で神社が別の場所に移転させられることはある。しかし、切り取られた墓地は隣接地に代替地が用意され、その場所で保存されることがほとんどだ。基本的に手をつけないことで寺社空間が町の歴史を語る貴重な空間として残されてきたと言ってもいいだろう。

一方、ソフト的な視点から見ると、寺社は、葬祭や布教の場として宗教的、心理的存在であると同時に、寺子屋が開設されたり、地域の相談役等の役目を担う地域コミュニティーの核として存在してきた。その後、寺子屋は幼稚園になり、町内会の事務所が設置されるなど歴史の変遷を経て、その役割も変わってきたものの、依然として地域コミュニティーの場としての役割を担っている。もっとも高齢化の進展や核家族化、あるいは信仰心の低下等、最近では寺社を支える人が減って寺社経営が難しくなっているとも聞く。文化庁の宗教統計調査によると、ここ20年で伝統仏教の檀信徒数は2千万人も減少している。「寺離れ」が進んでおり、人々にとって寺との付き合いが負担になってきているのかもしれない。

一方、近年の観光ブームにより、「御朱印集め」をする若い女性が社務所に列を作ったり、お遍路さんとなって四国巡礼をする高齢者や若者が増えてきた。また、外国からの観光客から見た寺社は、日本らしい施設としてシンボル性が高く、観光の拠点としての役割が大きくなってきている。第一生命経済研究所のアンケート調査でも、寺院を訪れた目的の1位が墓参り、2位が観光旅行、3位が法事となっている。寺社を理解し日常の中でもっと意識するようにするためには、訪れる人に喜ばれるようにすることも重要だ。

パリをはじめとする欧州の各都市では、旧市街の教会や歴史的な建物を町のシンボルとして活用し、文化や伝統を前面に出して町づくりを進めてきた。また、個人旅行やリピーターを対象に町中にある小さな史跡等を新たな観光資源として発掘し旅行客を大幅に増やしている。地道な努力によって、これまであまり知られていなかった場所が観光の目玉となり、芸術や文化の発信拠点となったところも少なくない。

宗教家の方々から見ると、観光や人集めのために寺社が存在するわけではなく、本来の命題である信仰や伝統文化の継承を行う精神的リーダーとしての役割を守っていくべきであると考えることは当然である。しかし同時に、寺社の存在をもっとアピールし、人々が集う場所として町づくりに生かすことで、その重要性が認識され精神的な空間としての寺社を保全していくことになるのではないだろうか。

このような中で、戦後、わが国の町づくりは寺社と行政の連携した取り組みが希薄になっている。例えば、門前町の町並みづくりは寺や神社に任せられ、行政が深く関与せずに進められてきたところも多い。また、京都市や奈良市のように、多くの寺社を抱え、観光面からも、町づくり面からも大きな影響がある都市でさえ、市の都市計画審議会の委員には宗教関係者の名前はない。多くの判例を見れば、政教分離の考え方に対して、行政はもっと柔軟になってもいいだろう。

しかし、行政が一つの地域で特定の宗教や特定の寺社を援助していないことを証明することは容易ではない。行政から寺社に対して積極的なアプローチが期待できそうにないのが現状だ。このことを踏まえると、まず取り組むべきは寺社自らが行動を起こすことである。その場合、寺社は歴史的文化的な観点から、また、地域の一地権者の立場から町づくりにアプローチすることが不可欠であろう。著名な寺社が存在する地域では、既に都市計画における歴史的保存地域に指定され、行政の様々な町づくり支援が行われている。しかし、著名な寺社が存在しない地域では、寺社に触れないように注意するだけで、その存在に配慮しないコンセプトで市街地の整備が考えられ、施設との調和が図られずに町づくりが進められた地域も多い。今後は寺社自らが働きかけ、長い間立地している宗教施設の歴史的文化的価値を行政にしっかり認識させ、表に出していくことで生活者や観光客に知ってもらう流れをつくるべきである。

そのためには、まず、個々の寺社が自ら持っている資産を再調査し洗い直すことから始める必要がある。地域には特色ある歴史や風土がどのくらい残されているのか、自らの寺社がそれとどのような関わりがあるのか、そして建物や庭、工作物、保存資料や彫像等にどのような価値があるのか、十分調査する。宗教者から見れば、当たり前の言い伝えや仏品が、一般の人から見れば大変貴重なものであったり、外国からの観光客にとっては日本らしい歴史的文化的遺産であることに気がついていない場合が多いはずだ。檀家等と一緒になって調べたり、ブランディングなどの手法も活用して外国人の考えを理解する。そして、改めて価値付けを行い、町づくりに生かせないか考えていくことが重要である。

また、寺社と生活者の距離を縮める取り組みを進めるべきである。そのために歴史文化に興味ある者が気軽に足を運べる環境を整備していく。御朱印集めやパワースポットという流行に乗ることもいいだろう。既に行政の所有となっている道路を参道等として再整備することを提案してもいい。祭礼や伝統行事、伝統芸能などの文化的行事を行うために、景観の整備や希有な風景を保存する市街地整備を提案していくこともできる。その場合、直ちに行政と一体となって考えることが難しければ、商店会や商工会議所、企業等と連携し、市民自らの施策として機運を盛り上げていくことも必要である。文化財施設の管理、歴史的遺産の保存や復元、伝統行事の復活・保全等について、市民協働の取り組みとして行うことで、行政が受け入れやすい施策となり実現性を高めていくことになる。そして最終的には、行政の都市づくり計画に施策を埋め込んでいきたい。

いずれにしても、寺社が存在する地域において、町づくりにおける寺社が担うべき役割をしっかり押さえ、人的交流を通してコミュニティーの活性化を進めるとともに、行政の進める様々な施策とパッケージ化することにより地域経済や運営に貢献していくことを基本に取り組みを進めていくことが肝要である。

最後に、ある檀家から聞いた話だが、住職が代わった寺で、お経をあげる小坊主たちの声が大きくなり、切れが良くなったとのこと。そこからは新しい住職のしつけの厳しさが想像され、誠実な人柄と宗教に対する真摯な姿勢が伝わってきて尊敬の念が増したという。人間は一つのことで本物と見せかけを見抜く力がある。歴史文化の保存や地域の活性化について真摯に取り組むことこそ寺社が求める町づくりに近づける早道かもしれない。