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いのちの讃歌としての古事記モスクワ公演

上智大グリーフケア研究所特任教授 鎌田東二氏

2016年11月2日付 中外日報(論)

かまた・とうじ氏=1951年、徳島県生まれ。國學院大文学部卒。同大、早稲田大などの講師を経て京都造形芸術大教授。2008年、京都大こころの未来研究センター教授。16年4月から現職。京都大名誉教授。神道ソングライターとしても活動。

「ロシア功労芸術家」の称号を持つロシア人演出家で、劇団「東京ノーヴイ・レパートリーシアター」の芸術監督を務めるレオニード・アニシモフ氏と劇団員40名と共にロシアのウラジーミルとモスクワを訪問した。9月21日、ウラジーミル国際演劇フェスティバルでアニシモフ氏演出によるドストエフスキー作の「白痴」が招待公演され、スタンディングオベーションをもって迎えられた。

続いて23日、モスクワの国際音楽会館演劇ホールで、拙著『超訳古事記』(ミシマ社、2009年)を原作とした儀式劇「古事記」がアニシモフ氏演出で自主上演された。500席の客席は満員。すでに東京では3度上演されているが、海外公演は初めてで、日本最古の古典『古事記』がどのように受け入れられるか不安だった。が、その不安は杞憂に終わった。

私はこれまで『古事記』を生命讃歌と死生観の探究の書、あるいはスピリチュアルケアやグリーフケアを含んだ出雲神族鎮魂の叙事詩と読み、そのような観点を『古事記ワンダーランド』(角川選書、2012年)などの著作で主張してきた。江戸時代の本居宣長以来、一般に『古事記』はもっとも日本的な心性と伝承を表現した作品と捉えられてきた。だがそこで語られている生と死と再生のテーマはきわめて普遍的な死生学的探究と表現である。そのことを今回のモスクワの『古事記』自主公演で確信した。

満席の演劇ホールで、アニシモフ氏は字幕を使わずに上演した。ただし、観客に配ったロシア語パンフレットにはあらすじを記載し、場面の切り替わりでは詩を朗読するようにロシア語で場面の意味を伝えた。だがそれだけで初めての観客に『古事記』の世界が理解されるとは思えない。

最初、ロシア人観客は大変戸惑っていた。『古事記』は歌物語であり叙事詩であるから「詩」として口語訳しなければその世界が伝わらないという趣旨で、「詩」として訳した『超訳古事記』にほぼ忠実に歌物語が延々と歌われるだけだったから、よけいにその戸惑いは深く大きかっただろう。その上、第一幕の「国生み神話」で神々の誕生を演じる俳優たちは、能役者のように抑制された動きしかせず、表情も笑い顔のみで通したので大いに面食らったことであろう。

だが第二幕に入ると事態は一変した。第一幕では「むすひ」の世界、つまり神々が次々と誕生し生成する、いのちの息吹の世界が表現されていたのに対して、第二幕では「かくれ」、すなわち死の世界のことが表現されたからだ。

誕生と死。いのちあるものにとって、これほど明確で普遍的なテーマはない。それは生存の根幹と全体をなす。それを『古事記』は息もつかせぬスペクタクルでドラマチックな展開で物語る。

第二幕はイザナギノミコトが黄泉の国に赴くシーンから始まった。イザナギは妻を喪った悲しみに耐えかね、妻を追って黄泉の国に赴く。だがそこで禁止を破って妻の死体を目撃したために、恐れをなして逃走。闇と恐怖の世界から光と誕生の生の喜びの世界、「日向」に帰還した。

死という別れ。生と死の分岐。痛み(スピリチュアル・ペイン)の発生。そしてそれをどう鎮めることができるのかという問いの発生。

『古事記』上巻では、神々が死の深みにダイビングしていった時、神々の誕生の物語は生の息吹の喜びから取り返しのつかない喪失と関係性の切断の悲哀へと大転換する。そして『古事記』のトーンは、それまでの生命讃歌から物悲しさを漂わせる鎮魂歌へと変化する。この劇的転換を目の当たりにしたロシア人観客は、一気に『古事記』の世界に入り込み、古代日本人の死生観の表現世界に潜り込んだ。そして生死のドラマが織り成す神聖儀式に参入した。

この時、「舞台と客席が一つのエネルギー体となって共に神聖な儀式を創造したようになった」とあるロシア人観客は述懐した。延々と歌い続けられる『超訳古事記』の言葉の意味はまったくわからない。だがその「思い」と「こころ」はびんびんと伝わってくる。まさに神話劇が神秘劇に変容する瞬間であり体験であった。

終演後、「ブラボー!」の声とともにスタンディングオベーションと拍手喝采が起こった。ロシア人観客たちは不思議な感動に包まれていた。

翌日の交流会で彼らは、「言葉では伝えられない人類共通の叡智を体験し、非常に高度な精神世界に導かれ、自然、宇宙、神をこれほど感じることができる舞台作品は過去にはなかった」「俳優がその世界を創り出すのに全身全霊を捧げ、芸術に奉仕している演劇集団もいまやどこにもないが、ここでは言葉の壁を完全に超越した人類共通の世界が描かれていた」「本物の芸術を見せてくれてありがとう。アバンギャルドに走っている今のロシアの演劇は反省すべきと教えられた」「アニシモフ氏の演出は既に未来に到達している」と語った。

『古事記』の生と死の叙事詩の生命讃歌がロシア人観客の心の深いところに届いたと感じた。

私と同年の1951年生まれのアニシモフ氏は、スタニスラフスキー(1863~1938)の演技指導システムを元に、「心の栄養になる演劇」「私が私に会いに行く演劇」を追究してきた。

「私が私に会いに行く」とは、演劇を通して自分自身の気づきや認識を深め、人間的成長を果たすということだが、ここにはスタニスラフスキー・システムに基づく独自の人間学がある。スタニスラフスキーは役者に「超課題・貫通行動・分析」の三つを徹底的に意識させることを突きつけた。「超課題」とは自分が人生で一番求めているもの。「貫通行動」とは「超課題」に向かって一貫して取っている行動。「分析」とは「貫通行動」の中でその「役」が置かれている状況や事態を冷静に分析し認識すること。そのような問いかけによって、リアルで深い魂の演劇をアニシモフ氏は実現しようとしてきた。

東京ノーヴイ・レパートリーシアターは、2004年、アニシモフ氏が演出指導していた三つの劇団が合流して設立された。立ち上げ時の「インスピレーションへの道」などのシンポジウムに毎回参加してきた私は、全く同年齢のアニシモフ氏に二卵性双生児のような奇妙な同胞感を抱いてきた。

アニシモフ氏は劇団員に、「情緒」ではなく「感情」をはたらかせよと迫る。「感情」は「心の栄養」になるが、「情緒=エモーション」は有害にはたらくことがある。現代の文明生活の中では深い「心の栄養」としての「感情」をはたらかせることはまれである。イラついた慌ただしい日常生活の中でとどまることを知らない「情緒」の波に溺れているのが現実だ。だが、その荒れ狂う「情緒」が深い「感情」を封印し、破壊している。それこそが今日の「こころの問題」である。

それゆえ、現代社会における真の「こころのケア」には、「情緒」を離れて「感情」をはたらかせるワザ(身心変容技法)が必要になる。アニシモフ氏の提唱する「スタニスラフスキーへの道」とはそのような「心の栄養」としての「感情」の深みとそのはたらきに到達することである。そして芸術家の使命とはその「感情」を呼び覚ますことにある。そうした「感情」に訴えかける芸術をクリエイトしていく人間を必要としているとアニシモフ氏は主張し、その主張の証明として『古事記』モスクワ自主公演を行ったのだった。

日露を『古事記』の架け橋でつないだアニシモフ氏と東京ノーヴイ・レパートリーシアターの劇団員とロシア人観客に心からの敬意と感謝を捧げたい。