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「よりよい世界」を問う国際社会学会

北海道大大学院教授 櫻井義秀氏

2016年9月30日付 中外日報(論)

さくらい・よしひで氏=1961年、山形県生まれ。北海道大大学院文学研究科博士課程中退。文学博士。同大学院文学研究科教授。専攻は宗教社会学、タイ地域研究。編・著書に『東北タイの開発僧―宗教と社会貢献』『タイ上座仏教と社会的包摂―ソーシャル・キャピタルとしての宗教』(編著)、『アジアの社会参加仏教―政教関係の視座から』(共編)など多数。
国際社会学会

オーストリアの首都ウィーンで7月10日から14日まで開催された国際社会学会に筆者は参加した。「私たちが望む未来―世界社会学とよりよい世界を実現するための格闘」というテーマである。「よりよい世界」の実現とは何か。基調講演のセッション名をあげれば、①ヨーロッパと世界に拡大する危機、②中心と周辺の二極化をどう克服するか、③よりよい世界を作るための社会学理論と実践――ということのようであった。

ヨーロッパでは英国がEU離脱を国民投票で決めた。EUの加盟国にはドイツを頂点とする格差構造があり、南欧と東欧は長引く経済低迷や失業率の高止まりに喘いでいる。加盟諸国では反グローバリズム、反EU、ナショナリズムと移民排撃を主張する政党が勢力を拡大し、人々は、ISのような宗教的過激主義者や「怒れる若者」に平穏な日常を破壊される恐れを強く感じている。

そのなかで、社会学はどういう社会を構想し、どのような希望を語れるのかが問われている。

国際社会学会には55の研究部会があり、宗教社会学はその一つである。筆者は東アジア地区の委員を務めており、「アジアにおける社会参加型宗教と精神のエンパワーメント」というセッションを開催したほか「宗教的過激主義」部会の司会などを行った。

宗教社会学の主要な研究領域は、要約すると①宗教と公共領域(政治・福祉・教育・社会支援)、②社会変動(グローバル化・移民・階層化)と宗教変容(脱世俗化・スピリチュアリズム・宗教多様性)、③インターネット空間やポップカルチャーと宗教文化の新しい担い手、④枢軸文明と世界宗教、および宗教の未来の展望、そして⑤現代宗教社会学の課題――である。今回の国際社会学会では、ベルリン・フンボルト大のハンス・ヨアス教授が「聖化と非聖化―政治的支配と宗教的解釈」をテーマに基調講演を行い、宗教社会学関係の15のセッションが開かれた。

現代宗教は新しい枢軸文明を開けるか

現代日本において宗教と政治が交錯する地点と言えば、自民党と公明党(創価学会)や日本会議(支援の教団)の協力関係、安倍政権による原発維持・憲法改正の動きに反対する諸教団の動向だろうか。これらに対する評論は盛んであり、研究も出てきているが、社会(家族・地域社会・職場)に直接関わる切実な課題として私たちに認識されるには至っていない。

EUでは宗教的多様性をめぐる政治が社会に直結している。日本の外国人定住者は約210万人であり、イスラーム人口はその数%なので日本国民の0・1%にも達していない。しかし、北欧諸国は総人口の約3~5%、南欧諸国は2~4%、ドイツは5%、ベルギーは6%、イギリスは4・6%、フランスは約10%のムスリム人口をかかえる。宗教多文化主義は諸民族・諸宗教が安全に信頼し合って共生するために必要不可欠の論理である。

しかし、グローバル経済における富の一極集中、貧困と失業の蔓延によって、EUでは約7割の労働者がポピュリストを支持し、既得権益層―中間層との関係が深い伝統宗教は踏み込んだ社会改善の発言ができないと言われる。カトリックや正教における教会の権威を信じる者ほど人権や他宗教への寛容性に疎いという調査結果も報告された。多くの国で国民投票や街頭の政治で国の進むべき道が決まれば、EU・米では民主的な手続きでポピュリズムが社会を席巻し、ロシアや中国といった強権国家との対峙も深まるだろう。

前・国際社会学会長のマイケル・ブラオイは、現在の状況は1930年代末と似てきていると言う。幸いなことに、私たちは国際学会のような交流やソーシャルメディアのおかげで、第2次世界大戦前夜とは比較にならないほど直接・間接的な対話の機会を持っている。

現代宗教は国家を代表せず、社会から包摂されてもいない多くの人々の声を拾い上げながら共生のモデルを新たに作り上げていくことが求められている。だからこそ、1949年にカール・ヤスパースが発表した「枢軸時代の文明」(中国の諸子百家、インドの六師外道と仏教、古代オリエントの宗教・ギリシャ哲学・キリスト教)、諸宗教の勃興という歴史的平行現象に再び宗教研究者が着目し、宗教そのものの文明的意義を問うているのではないか。

大会の議論を通じ、私たちがきわめて重要な時代の潮目に生きていることを改めて認識させられたのである。