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現代に息づく前近代 ― 「自然=神仏」を思い起こそう

京都ノートルダム女子大非常勤講師 大喜直彦氏

2016年8月26日付 中外日報(論)

だいき・なおひこ氏=1960年、大阪府生まれ。龍谷大大学院文学研究科国史学専攻博士後期課程単位取得。文学博士。専門は日本社会史、日常生活史。著書に『中世びとの信仰社会史』(法藏館)、『神や仏に出会う時 中世びとの信仰と絆』(吉川弘文館)など。
はじめに 近代化の衝撃

幕末・明治初期にかけて、明治政府は近代化を目指し、極端な西欧化政策に舵を切りました。これは教科書に掲載されていることで、みなさんもよくご存じでしょう。問題はその結果、江戸時代までの日本社会に成長してきた諸々の事象が否定的に位置づけられ、西洋のものやその思想がよいと誤解され、以後の日本社会に大きく影響を及ぼしたという点です。

例えば、「人魚」はどうでしょうか。現代の人魚は外国人で金髪、美人のイメージではないでしょうか。これはウォルト・ディズニーのイメージが影響しています。ディズニーはアメリカの制作会社ですから、その主人公も外国人になるのはあたりまえです。

実は『日本書紀』に記述されるように、日本にも古くから人魚の話はあり、江戸時代の『南総里見八犬伝』の挿絵には、日本独特の和風な女性の容姿をした人魚が登場します。明らかに日本人の人魚で、決して外国人ではありません。日本で想像された人魚ですので、和風で当然なのです。

しかし現在、和風な人魚のイメージはみられず、先の外国人のイメージとなっています。ではいつ頃から、なぜそうなったのか。これは明治時代に導入されたアンデルセンの人魚姫が大きく影響したと考えられています。西欧の文学作品などが次々導入され、欧化政策の中、日本社会で価値あるものとして認識されたため、江戸時代まで長い歴史の中で形成されてきた「日本の人魚」のイメージはその価値を失い、わずかな時間で外国人のイメージに取って代わられたのです。

歴史学者の黒田日出男氏は、これを「劇的なイメージ交替の歴史からすれば、日本の近代化がどれほど深く日本人のイメージ世界を変化・変容させていったか」としています。(『歴史学事典』第3巻、弘文堂、1995年)

この近代化の衝撃とも呼べる事態は、同時にヨーロッパの自然観を日本社会に導入し、日本人の自然観をも変化させました。西欧の自然観や動物観が、政府主導の近代化のもと日本人の中にすり込まれていくのです。それは人間が自然や動物を領有する、自然を人間の摂理に従わせる、人間に有益なものは利用保護し、敵対するものは破壊・絶滅も当然と考えるものでした。

本来、日本人の信条は自然との共生でした。その根底には、古来自然は神仏との認識があったからです。神とは本居宣長の『古事記伝』にいうように「可畏(かしこ)き物」、つまり人知の及ばない畏るべきものでした。それは雨、雷、風、蛇、動物などつまり自然そのものなのです。そしてこの神はやがて仏教の仏と習合して融合していきます。

1、神仏に出会う場所

同時に近代化する社会は、合理的な考え方を強制するようになっていきました。合理化が進むと、自然や動物などは不思議なものではなくなり、ますます神仏の世界から切り離されていくのでした。古より江戸時代までの神仏は融合しながら共生していましたが、明治政府は神仏分離を図りました。そのため神仏の基本的な居場所であった神社仏閣も、寺院と神社を明確に区別されたのです。

やがて神社は政府の神道政策のもと、官幣社・国幣社・別格官幣社、さらに一村一社制が設定され祭神も統合されます。そして分離されたことで仏教側も立場が明確となりました。しかしこの編成過程で統合されない=政府の枠組みに入れてもらえなかった、地域の小祠などは淫祠・迷信として位置づけられる運命をたどるのです。

結果、神仏に会える場所は、現在、神仏分離で生き残った神社・仏閣の空間に限定されるようになり、自然や動物などは人間の支配下におかれることで、旧来の神仏の世界からはずれたのです。

しかし先の小祠だけではありません。近代の合理化は、これまで日常生活に多く存在した神仏に対し、近代化から逸脱するものとして、非合理的、非科学的、呪術的、神秘的、迷信、無意味、荒唐無稽など、むしろ払拭すべきものとして、マイナスの評価を与えていったのです。

歴史的に日本人がつきあってきた神仏とは、神社仏閣に閉じ込められたものではありません。神仏は身近に存在して、絶えず人間と交渉していたのです。それは自然であり、動植物、虫、様々でした。

前近代(中世と近世では差はありますが)は、神社仏閣以外にも身の回りに多く神仏が存在していたのです。むしろ誰が設置したかわからない街角のお地蔵さんや路傍の小祠や、迷信や荒唐無稽といわれるようなことに、当時の人びとの身近な信仰があったのです。

2、現在に生きる前近代

神仏を否定し、そうでなければ、その存在をかなり小さな世界に押し込めてきたのが現代社会です。西欧的自然観は現代社会においては支配的で、確かに今は合理的にものを考える社会となりました。でも前近代的な自然=神仏の感覚は今も残っていることも事実なのです。

例えば、京阪電車萱島駅(大阪府寝屋川市)には、ホームとその屋根を突き抜けて、さらに天へと伸びている樹齢700年ともいわれる大クスノキがあります。穴を開けたホームを持つ駅は日本でここだけでしょう。

この大クスノキは地元萱島神社のご神木で、1972年の高架複々線建設の際、同駅が南側へ移動する計画となったのです。そこには萱島神社があり、京阪電鉄は神社境内と隣接地を買収することになりました。その際、その地にはこのご神木があり、伐採することになりました。しかし地元で保存運動が起こったのです。

結果「地元の皆さんのクスノキに寄せる尊崇の念にお応えし、新しい萱島駅と共にこのクスノキを後世に残すことにしました。(中略)樹木がホームと屋根とを突き抜けるという、全国に例をみない姿となりました」(京阪電気鉄道株式会社製作「萱島の大クスノキ」解説の立札)。ホームに穴を開けてまで、神木を伐採できない心情、ここに木=神と考える自然観が生きています。

現代でも私たちは動物に不思議な力を感じているのではないでしょうか。例えば、映画やドラマで、犬が幽霊や魔物を察知すると吠える場面がありますが、これは今でも犬が不思議な力を持つと考えている証拠でしょう。

また稲荷神社のキツネ=神の使いは、今でも普通に受け入れられています。すでに絶滅した日本オオカミが神の使いである、埼玉県秩父市の三峰神社もあります。つまり動物は今でも人間にとって神であり、身近な、そして共生関係の生き物でもあったのです。

おわりに

このように依然、私たちの生活の中には前近代社会が厳然と残っています。私は非合理的な社会や非科学的な社会を肯定したいのではありません。中世・近世の封建制の時代が終われば、近代社会に発展する、日本人はそれを「進歩」と理解してきたのではないでしょうか。そして非合理的社会を克服し近代化する、それを「進歩」と考えたのではないでしょうか。自然に勝つこと、それが「進歩」、この考えが人間社会にも持ち込まれ、勝つことが正しく、負けた側には目もくれず、さっさと進む、それが「進歩」と考えたのではないでしょうか。

私たちはもう一度前近代の人びとがきわめて自然=神仏を身近なものとして感じ、そして信仰に基づき、人と人との絆を形成して生活してきたことを思い起こす必要があるように思います。はき違えた「進歩」から切り捨てられた世界を見直す必要があるのではと。

切り捨てられた世界には、「進歩」とされた世界では絶対にわからないものがあり、そこにこそ今の課題や問題を解決するヒントがあると思うのです。今こそ本当の「進歩」を求める時代、未来のために、そのことを強く希求したいと思うのです。

【参考文献】大喜直彦『神や仏に出会う時』(歴史文化ライブラリー)吉川弘文館、2014年