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『臨済録』国際学会を振り返って ― 禅宗史研究に新知見・新資料

花園大教授 衣川賢次氏

2016年7月20日付 中外日報(論)

きぬがわ・けんじ氏=1951年、兵庫県生まれ。京都大大学院博士課程修了。中国文学専攻。『臨済録訳注』(大蔵出版、2016年出版予定)など。

今年は臨済義玄禅師(?~866)円寂1150年遠諱の年にあたり、5月13、14、15日の3日間にわたって、臨済禅師と『臨済録』を主題とする世界で初めての「臨済禅師1150年遠諱記念『臨済録』国際学会」(臨済宗・黄檗宗連合各派合議所、花園大学共催)が、京都市の花園大学教堂において開催された。日本、中国、台湾、韓国、マレーシア、アメリカ、フランス各国の最前線で研究し、活躍する20人の学者が最新の研究成果を持って集まり、基調講演を含む20篇の発表論文によって、世界における「『臨済録』と臨済禅研究」の最前線の情況を知ることができ、新資料、新知見による最新の成果が得られた。とりわけ『臨済録』の形成過程、およびその言語の問題、中国元時代の『臨済録』出版の情況、日本における臨済禅の受容を論じた発表に、研究の深まりが見られた。

禅セッションも

発表以外にも、注目すべき取り組みがあった。第1日の終わりにジェフ・ショア氏と安永祖堂師(ともに花園大学教授)による禅セッション「Rinzai Zen Now」が行われた。ショア教授は毎年ヨーロッパ、アメリカで講義と坐禅指導を行うアメリカ人研究者、安永教授は天龍僧堂で修行した罷参底の老師である。2人が壇上に禅を組んだ姿勢で坐し、安永師が聞き役にまわって、ショア氏が禅に興味を抱いた個人的な閲歴から現代欧米の禅への関心の在りかにいたる内容の対談がなされた。この詳細は『禅文化』誌に掲載の予定である。

また、第2日朝には安永教授による参会者のための坐禅指導が無文記念館禅堂において行われた。2日間の研究発表の終わりには、仏教書肆法藏館の西村明高社長から「最新仏教書出版事情報告」と題して、400年の歴史をもつ法藏館をはじめとする京都の仏教書出版社の概況、現在の日本の仏教書出版の情況、出版情報への取り組みについてお話しいただき、研究とメディアの連携を考える機会となった。

第2日の夕刻には交流晩宴が花園会館で開かれ、記念演奏に葉衛陽氏、さくら氏による中国琵琶が披露され、その高度な技術と優れた音楽性は出席者の惜しみない賞讃を得た。演奏曲目のひとつに馬防「臨済慧照禅師語録序」があり、これは妙心寺霊雲院則竹秀南老師の提案を受け、このたびの国際学会のために葉衛陽氏が作曲し、中国音で詠じた異色の作品であって、出席者をおおいに感激させた。

第3日は、参会者が妙心寺霊雲院に参拝して、則竹老師の『臨済録』提唱(「無位の真人」)を聴き、禅僧らしい生きかたを彷彿させる含蓄とユーモアに富んだ話に感心し、抹茶をいただいて歓談ののち、鐘楼のもとに眠る寸心居士(西田幾多郎)の墓に詣でて辞去し、妙心寺法堂で狩野探幽筆「雲龍図」を見学した。続いて天龍寺では栂承昭宗務総長(当時)のご厚意で法堂の加山又造筆になる平成「新雲龍図」を拝観し、大方丈から曹源池を眺め、龍門亭(篩月)で精進御膳の接待にあずかった。午後は京都国立博物館へ移動して開催中(当時)の特別展覧会「臨済禅師1150年、白隠禅師250年遠諱記念『禅―心をかたちに』」を見学し、3日間にわたる国際学会のすべての活動を盛会裏に終えたのであった。

この間、5月13、14日に花園大学情報センター(図書館)、国際禅学研究所、禅文化研究所が所蔵する『臨済録』関係書籍の展観「臨済録―版本から研究書まで」を開催し、研究者の参考に供したことも書き添えておきたい。

今学会の基調講演では、中国の思想史学界で最も活躍する葛兆光氏(中国上海復旦大学教授)が「胡適の延長線上に―中国の学界における中古禅宗史研究についての反思」をテーマに掲げ、三つの問題を論じた。

1 20世紀80年代の禅宗研究の文化的・思想的背景

中国(大陸)では文化大革命が終わり、改革開放が始まった1980年代、「文化ブーム」のなかで従来タブーとされた宗教に対し急に関心が高まった。「近代化」を志向しつつも伝統文化を見直し、周縁的・叛逆的・超越的な思想、とりわけ仏教・禅や道家に注目が集まったのである。そこには西洋的理性と科学を批判的に見る現代の風潮の影響があり、東洋の思想的価値を提唱した鈴木大拙の影響が認められる。但し、当時の「禅ブーム」には、歴史と文献に対する研究が欠如していた。

2 胡適(1891~1961)の禅宗史研究の意義

胡適は20世紀20、30年代に敦煌文献や碑文、唐代文人の文集中の記述など同時代の新資料を発見し、これにもとづいて従来の灯史を疑い、歴史学的研究として新たな禅宗史を叙述した。文献と歴史を重視して禅宗史を理解することで成果を挙げ、一個の研究モデルを確立したのである。

3 中国の学者が今後なしうる貢献はなにか

西田幾多郎や阿部正雄の禅哲学の研究、鈴木大拙の禅の信仰と心理学的研究は、中国ではさほど注目されていない。欧米ではいわゆるポストモダンの新理論に依拠して禅を論ずる風潮が生まれ、中国にもその追随者が現れた。しかし、目新しい衣装を着けただけで、見るべき成果というべきものはなかった。

中国では「歴史と文献」を重視する研究こそが、近年関心の高まっている唐宋以後、元明清時代の禅宗史研究の分野においても、歩むべき道である。そこにおいてこそ、新しい資料を発見し、新たな知見の開拓を期待し得るだろう――。

歴史観を問題提起

対論者として登壇した末木文美士氏(国際日本文化研究センター名誉教授)は、葛氏の「胡適の延長線上におけるさらなる開拓の道」を承けて、胡適には20世紀の近代主義があり、80年代以後の中国では反唯物史観を背景とした禅宗史研究があったが、では現代において「歴史と文献」重視の研究をおこなう際にいかなる歴史観をもつのかという問題を提起した。

さらに末木氏は、禅宗史はそれ自体独立したものではなく、仏教史・中国思想史全体のなかでとらえるべきであると指摘。日本においても13世紀に移入された禅宗にいまだ宗派観念はなく、臨済宗の形成は14世紀頃まで下り、固定するのは江戸時代17世紀になってからであるとし、過去の常識を疑い、これを反転させる研究でなければならないと論じた。

葛氏はこれに答えて、日本と中国の研究は、現実社会の問題に対する態度、社会や文化への影響力、研究伝統の点でそれぞれ違いがあると語り、まず相違点があることを相互に理解した上で、互いに協力関係を構築することが必要であると強調。今後、日中の研究者が研究交流を進めていくうえでの重要な示唆を与えた。

一言附言すると、胡適のいう「歴史と文献の重視」はいまや研究の常識に過ぎず、彼がのこした成果もすでに顧みる人はいない。難解といわれる禅文献を禅思想史の脈絡と漢語史の角度から丹念に読み、そこから新しい問題を発見して知見を開く努力こそが、いま求められている。

なお、5部に分かれたセッションの発表者、各論文の概要については、臨黄ネットのホームページの臨済禅師1150年・白隠禅師250年遠諱大法会欄のシンポジウム「『臨済録』国際学会総括」を見られたい。

論文集は来年刊行

学会期間中に頒布した論文集には、資料編「『臨済録』研究史資料集」として、日本における研究史に関わる諸資料(抄物、提唱、研究書)の解題、戦後の研究史、韓国における研究情況、英訳『臨済録』の比較紹介の諸文を収めているが、これは遠諱記念事業の一環として2年をかけて作成され、従来研究のなかった分野の資料集である。諸論文と資料集は『臨済禅師1150年遠諱記念『臨済録』国際学会論文集』(日本語版)として禅文化研究所から来年3月に出版の予定である。