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富士講の文字をパソコンでつくる ― 独特な「角行系」

富士信仰研究者 大谷正幸氏

2016年2月5日付 中外日報(論)

おおたに・まさゆき氏=1972年、東京都生まれ。総合研究大学院大博士課程満期退学。著書は『角行系富士信仰 独創と盛衰の宗教』(岩田書院、2011年)、『富士講中興の祖・食行身禄伝』(岩田書院、13年)。富士信仰に関する論文・研究発表多数。
独自表記を神聖視

富士山が世界遺産に登録されたことで、その信仰に目が向けられるようになった。富士信仰のうち、富士講やその派生である不二道、また明治時代になって彼らが様変わりした実行教・扶桑教・丸山教といった教派神道諸教団などを、筆者は大きく「角行系富士信仰」と呼んでいる。「角行系」とは筆者の造語で、「自らの富士信仰が角行藤仏(1541~1646)という行者に由来している」と自覚する集団と個人が含まれる。「富士講」には修験道に基づく中部・近畿地方で行われるものと、主に関東で行われる角行系に属するものとがあって、二つの習俗は全く異なっているが、本稿の「富士講」はもっぱら角行系の富士講を指している。

角行の信仰は富士山の神仏を、漢字のへんやつくりを彼らが改めて組み合わせた独自の文字で表現しようとするユニークなものであった。例えば「天・元・南・八」(厳密にはそれに近い字形)を組み合わせて「チチ」、「イ・酉・人」を組み合わせて「ハハ」という字を作り、2柱の神の名前とする。御神語と呼ばれる神号もこの文字によってできている。角行以来、信仰の当事者たちはこの文字を神聖なものと尊んできた。仏教や修験道に由来する他の山岳信仰にこのような慣習は見られない。この文字こそ、角行から派生した富士信仰の独創性を端的に象徴しているのである。ただし、使われた当初からどうやって書くのか伝授するようなものではなかったらしく、書く人によって筆づかいが異なっている。角行系富士信仰諸派の内部では、教義をはじめとする諸情報は筆写の繰り返しによって伝えられてきた。書法も伝授されないのに筆によって書かれてきたので、同じ文字として認識されるのに、例えば「イ」か「彳」か、また「木」か「扌」か「犭」か、用いられる漢字のパーツが全く違うことが珍しくない。

富士信仰研究の世界ではこの文字を「異文字」などと呼んできたが、筆者は角行系の諸派だけが用いることを強調したいので、「角行系文字」と呼んでいる。角行系文字は伝統的に108文字あったと言われていたらしいが、よく使われるものは20種以内、特殊なものを数えても100種は超えない。ただし、使われる漢字のパーツが違うものを別として考えると100種以上になる。

角行系文字は、ごく一握りの人たちによって創られ、使われてきた。あくまで角行系富士信仰の教義文献に現れ、また行者の名前として使われるだけである。したがって字書の類には全く掲載されていない(「忡」のように、たまたま字の形が既にある漢字と同じになってしまったものはある)。そのような文字を現代人が扱うことは実に難しい。富士講やその他の角行系富士信仰諸派による石碑や古文書に書いてあることを活字にする必要があれば、そのために漢字を使う以上の苦労を強いられる。活字印刷では新たに活字を造ったり、活版印刷ではその文字だけ手書きとしたり、または文字での表現をあきらめて発音だけカタカナで書くなど、印刷の都合に応じて対処された。

外字フォント作成

しかし電算技術の進歩により、今や原稿を書いて編集し、印刷するところまでもがパーソナル・コンピューター、すなわちパソコンによって行われている。梵字はパソコンでは表現しにくいが、入力ソフト『今昔文字鏡』をはじめとしてフォントが数多く作られている。同様に、パソコンで角行系文字を使えるようになれば、誰でも容易に、角行系富士信仰の遺物に書いてあることをより正確に表現できるようになるはずだ。また、書き手によって同じ文字でも形が少しずつ異なる、その違いも表現できればより好ましい。

パソコンで表示できる文字は文字コードとして決められており、その一つ一つの文字に対してある一定の仕組みに従ってコードポイントという番号がつけられている。例えばひらがなの「あ」は、UTF-16という方式であれば「U+3042」となる。文字コードに収録される文字数は世界中にある各言語を表記できるよう年々増え続けているが、角行系文字が加えられる見込みは今のところ絶望的である。従って使用者が自分で文字を作って登録するよう、あらかじめ文字を決めていない番号(外字領域)に作ることとした。文字コードに対して、字の形や書体を決めるプログラムをフォントという。パソコンをお使いの方ならば○○明朝や××ゴシックというフォント名をご覧になったことがあるのではないだろうか。

歴代の行者による角行系文字の用例を探すのは難しいことではない。具体的には彼らが書いた古文書やお身抜と呼ばれる掛け軸から文字の用例を取り入れていけばよいのである。そうして筆者は角行をはじめとして近代の丸山教に至るまで多くの例を収集し、それらを文字の種類や用途に合わせて16の群に分類した。また、角行系文字だけではなく、富士信仰の古文書に現れる抄物書き「ササ菩薩」、合字「トモ」「シテ」も組み込むことにした。

さらに角行系文字だけではなく、富士講で彼らが使う紋、即ち講紋をデザインして収録した。セクト意識が強かった富士講では、自派に紋章をつけて他の富士講と区別した。これを講紋という。講紋はセクトとしての呼び名にも密接に関わっている。例えば、道玄坂(東京都渋谷区)を拠点とする山吉講という古参の富士講があった。彼らのヤマキチという名は、家紋でいう山形の下にデザインされた「吉」字(先達を代々務めた吉田家に由来する)を置く講紋そのものである。富士講による石碑や富士山御師が付けている宿帳などでは、彼らを端的に表す記号として講紋がしばしば描かれる。これも文字と同じように扱いたい。

百味供養碑ヒント

講紋を収録するアイデアは、真言宗智山派安養寺(東京都大田区)にある百味供養碑という石碑から得た。この明治中頃に建てられた碑には、本堂の薬師如来に百種の食べ物を以て供養したいという趣旨になぞらえて、都合100個の講紋が列挙されている。しかし、いざ作りだしてみると欲が出てくるもので、百味供養碑に無い講紋も欲しくなってきた。そこで、都内各地の寺社境内にある富士講の石碑から、取り入れたいものを集めることにした。フォントの文字はIPAフォントという、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が配布しているものを基にしている。簡単なライセンスを順守すれば、このフォントを基に改変したフォントを無料で作ることができる。しかし、寺社境内にあるものをデザインのモチーフとして用いるには、管理している宗教法人への許諾が必要となる。かくして各法人に対して事情を説明して許諾を得ることとした。

慣れない交渉事でフォントの説明もおぼつかなかったが、非営利・学術利用目的であることにご理解をいただき、最終的に安養寺、品川神社(品川区)、浄土宗専修院(豊島区)、鳩森八幡神社(渋谷区)など10の宗教法人から許諾を頂戴した。拒絶した宗教法人もあったことは残念である。千社札からも講紋を取り入れることとし、千社札のコレクションを多数持つ国立国会図書館からも収録の許諾を得られた。ご協力くださった各宗教法人や国立国会図書館には大いに感謝を捧げたい。

角行系文字フォントは、現在のところ、拙ウェブサイト「富士信仰アーカイブズ」の専用ページにて無償で提供される。利用や印刷は自由にできるが、これを基に改変したフォントを作る場合はIPAのライセンスに制約される。筆者の望みはこのフォントを使うことで富士信仰の史料や石造物が研究資料として扱いやすくなること、その一点である。研究資料が豊富になることで、従来行われてきた根拠のない研究も減るであろう。しかしながら、未収録の角行系文字がまだ存在し、また未収録の講紋も数多くある。これからもこのフォントを充実させ、富士信仰研究に資したいと思う。