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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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暴力と救済の言葉 震災をめぐる「信仰」の模索

宗教研究者 小田龍哉氏

2016年1月15日付 中外日報(論)

おだ・りょうすけ氏=1973年生まれ。多摩美術大卒。社会人を経て、高野山大大学院で修士号取得。現在、同志社大大学院博士課程。専門は近代仏教史。論文に「南方熊楠の『事』と『理』、そして〈逆流の方法〉」。

もうすぐ、東日本大震災が起きた2011年3月11日から、まる5年を迎えることとなる。たんに自然災害という側面にとどまらない、われわれの価値観を根底から揺るがすような未曾有の経験の記憶。5年間という年月はまた、その記憶の濃淡が、漠然とした不安感とともに「絆」や「日本」といった巨大な言説へと回収されていく状況を目の当たりにする、時間の経過でもあった。

しかし、この経験をより普遍性を持つ言葉へと昇華し、世界に向けて開いていくことができないだろうか。そういった思いから学者・宗教者・ケア従事者・ジャーナリストら多様な面々が会し、それぞれの5年間を報告しあう場が、昨年11月28・29日の2日間、国際日本文化研究センター(京都市)で持たれた。

当事者か部外者か

「鎮魂・翻訳・記憶―声にならない他者の声を聴く」と題されたそのシンポジウムを呼びかけたのは、宗教研究者で同センター教授を務める磯前順一氏。磯前氏は、震災直後より何度も東北に足を運び、みずからの目線がとらえた風景を『死者のざわめき―被災地信仰論』(河出書房新社)という一冊の本にまとめ、昨年4月に上梓した。

シンポジウム開催に臨んで、氏はつぎのように述べる。問われるべきなのは、それぞれの参加者が、どのような立場で震災と関わってきたのかということ。震災の当事者/部外者というたんなる二分法にとらわれてはいけないのではないか――。

たとえば、被災地を訪れる氏の意識は「部外者」としてのものだが、海外の大学の講義で震災の話をするときなど、自身が「当事者」として受け止められているとしか思えないような聴衆の反応に戸惑うこともあるという。代弁するという行為の困難さである。しかし、そうした二分法を超えて共有できる言葉をさぐることは、現在の学問をめぐる状況にとっても、それを内側から鍛え直す大きなチャンスに繋がるかもしれない、と期待を寄せる。

二・五人称の死者

このような企図は、これまで多数の著書や論考を通じて「宗教」や「宗教学」といった西洋由来の概念の自明性を問いつづけてきた、宗教研究者としての磯前氏らしいといえるだろう。ただし氏は同時に、今回のシンポジウムでは性急に何かひとつの結論めいたものを出す必要はなく、参加者それぞれが議論した内容を各々の場に持ち帰り、時間をかけて、みずからの活動として結実させていけばよいのだと留保した。

呼びかけに応じて集まった約40名は、宗教学者や僧侶といった「宗教」に携わる者が一定の割合を占めた。だが学者として宗教を扱うのか、それとも実践者としてそれに向き合うのか、あるいは同じ宗教者でも、宗教や宗派によってそれぞれの教義から導かれる「救済」のありようは一通りではない。当然のように、この5年間の震災との関わり方もひとりひとり異なる。しかし、それでも一様に直面することになったのは、震災という現実の犠牲となったおびただしい数の死者たち、ひいては、その何倍にものぼる遺族の存在だった。僧侶ですら遺体が「モノ」に見えたこともあったという壮絶な場で、「宗教」に携わる者たちは、やはりまず死者の「鎮魂」の問題を問われることとなる。

被災地で活動するある宗教民俗学者は、「弔い上げ」の習慣の考察をもとに、「二・五人称の死者」という言葉を提案した。誰か親しい人物が亡くなったとき、その死者は、遺された者にとっては固有名詞を持つ二人称の「あなた」だが、やがて年月を経るにしたがって、「先祖」や「戦没者」といったより一般的な名称で呼ばれるようになる。墓や祈念碑といったモニュメント、命日や年中行事といったイベントは、その契機となる役割を果たす。死者が「あなた」から「ご先祖さま」という二・五人称で語られるようになることで、生者は死者を適切に忘れられるのではないか、そう展望する。

鎮魂は生者の記憶

つまり死者の「鎮魂」とは、生者の「記憶」の問題と引き換えなのである。そこには、ボランティアとして入った被災地で学者が目の当たりにしてきた、死者を忘れられずに苦しみ続ける遺族たちの姿があった。なぜ自分だけ生き残ってしまったのか――。サバイバーズ・ギルトと呼ばれる生存者の罪悪感。生と死をまたいで、当事者/部外者の二分法は被災した当人の心のうちにも存在するのだ。一方で他の宗教学者は、われわれが当たり前に受容している先祖観、すなわち、墓参りなどの供養を通して生者に記憶される先祖のイメージも、実は家制度が社会に定着する近世以降のものにすぎないと述べる。

その延長線上に登場するのが、「国民」が「神」として永遠に顕彰される靖国神社という装置である。そして、また別の宗教学者が指摘したように、そうした遺族の思いが「英霊」といった言葉で国家に回収され、かつて他国を土足で踏みにじった事実を都合よく忘れるために利用されるとき、その外側に排除された人びとにとって、言葉は暴力以外の何物でもなくなる。

「霊的な現象」体験

被災地の幽霊譚も話題にのぼった。宮城県内の宗教者を対象にした調査によれば、震災以降、「霊的な現象」あるいは「不思議な現象」を体験した人に会ったことがあるという回答者は30%にのぼる。そして、そうした体験の相談を受けたときの対応として、多くの宗教者が「傾聴」を重視しているという。傾聴とは、対等な立場で相手に耳を傾け、その感情に寄り添おうとする心のケアのありかただ。

被災地で実際に傾聴活動に携わってきたある僧侶は、その担い手がかならずしも宗教者である必要はないと述べる。たんなる宗教の要/不要論ではなく、被災地での経験を通じた現場からの「宗教」概念の問い直しが行われているのだ。教義や宗旨といった「上からの」目線による救済とは反対に、いま目の前に苦しんでいる人がいるという「下からの」救済。複数の大学が取り組みをはじめている「実践宗教学」の可能性がそこにある。

一方で、「幽霊譚」として語られることへの違和感も顕わにされた。本人にとっては言葉ではなく、ただそこに見えて存在しているものを、他者が「幽霊」と名づけてしまうことの暴力性。「絆」や「食べて応援」といったあからさまなスローガンの押しつけにとどまらず、メディアの尻馬に乗ってみずからのポジティヴな側面のみを強調しようとする一部の宗教関係者たちの傲慢さにもそれは繋がるだろう。しかし、あるジャーナリストが漏らした言葉は重い。それでもわれわれは現地を取材し、目の前に「ある」ことに何かの言葉を与えなければ、それを読者に伝えることができないのだ、と――。

結論は時間かけて

言葉の「暴力」と「救済」という二面性を前に、ひとりひとりの実存と「翻訳力」とが問われている。言葉にすることでこぼれ落ちていく声ならぬ「ざわめき」をどのように拾い上げ、伝えていくのか。参加者めいめいのこの5年間がそうであったように、シンポジウムの2日間も、激しい感情の吐露や問いかけによって会場は何度も沈黙に包まれた。

当初の予想どおり、会期中に何か結論めいたものが提出されることはついになかった。しかし主催者の示唆する、たがいに「時間をかける」ということ、つまり、東日本大震災のようないまだ翻訳困難な局面にあって、コミュニケーションの即時性をずらし、あえて〈出会い―別れ―再会〉というタイムスパンで個人としての自己と他者を「信じる」こと。一種の賭けにも似たそのような今回のシンポジウムのありかたこそ、今日の状況においては非常に「宗教的」で、かつ開かれた戦略たりうるのではないかと感じられた。