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多文化世界、他宗教へ理解を ― イスラム・ハラール通して

大阪芸術大教員、国際交流事業会社取締役 佐藤真由美氏

2015年2月4日付 中外日報(論)

さとう・まゆみ氏=1968年、旧東ドイツ・東ベルリン生まれ。文化大革命中の中国育ち。14歳で帰国して日本国籍を取得後、米国へ留学。航空工学と心理学を修め航空業界に。国連開発計画(UNDP)の職員としてアフガニスタン等に派遣。著書に『跳べ!世界へ エアラインから国連、国際NGOへ』(解放出版社)。

東ベルリン生まれの北京育ち、思春期を青森で過ごし、欧米の航空会社で仕事をして外国暮らしが長かった筆者には、多様な宗教が比較的身近だった。海外においては人々がそれぞれの強い宗教的文化を身にまとっているのはごく自然。現代日本社会はその希薄さに改めて驚く。現代日本人ほど宗教を意識も重視もせず生きている人々は世界的に見ても珍しい。

航空業界という職業上、多様な他者の宗教的立場に敏感に配慮するクセを身につけている。時折「日本で暮らした期間の短い私のほうが日本人らしい!」と感じる。何十万人もの観光客・巡礼者を受け入れている世界の聖地・聖蹟の観光産業のスケールの大きさや可能性をも日本はあまり理解していない。

世界を巡り様々な民族や人種の人々と働き、東西南北の諸国・先進国の都市部や発展途上国の農山村地域で共労した経験から、日本社会が多様な宗教を信じる世界の人々と共生できるポイントは、どれほど相手の文化に敬意を持って、宗教的配慮ができるかだと思う。対人関係や仕事の中で、相手への敬意や宗教への無理解は人間性すら問われてしまう。異国でのさりげない人々の言動の背後には強い宗教的生活規範が背骨のように厳然と存在している。

異民族や様々な宗教の人々が出会うグローバル社会や国際的外資企業では、差異を認め合い、お互い敬意を持ち、他者の宗教に敬意を払うことが重んじられる。つまらない諍いを未然に防ぐ不可欠な常識だ。

ユダヤ教徒、仏教徒やヒンズー教徒、儒教的思考を強く感じさせる同僚らと世界を飛び回った航空会社勤務時代には世界各国からのお客様の機内食、つまり宗教食の提供を当然のことながら日夜行っていた。食事というものは全世界の人々の宗教観や暮らしへの密着度、多様性を知ることができる一番わかりやすいメジャー、尺度と言える。

国際線エアラインではユダヤ教徒のコーシャ・ミールを代表にベジタリアンや多様な宗教に対応した30種類近い機内食を提供している。中でも近年日本国内でも注目を集めているのが、イスラム教徒のハラール・フード。その注目の理由は、最近のアジアからの観光客急増の半数がイスラム教徒であること。アジアのイスラム諸国の経済発展に伴う中産階層・富裕層増加、そして彼らの日本観光ブーム急拡大である。ビザ無し観光が可能になった総人口約3千万人のマレーシアに続いて、2億人を超える経済発展の著しいインドネシアの観光客にもビザ免除が近く開始、空前のイスラム教徒日本観光ブームが訪れようとしている。

ハラールとはイスラム教徒が口にしても良いとされる「清浄」という意味で、逆に食することのできない不浄なものはハラームと言われている。禁じられている食べ物でよく知られている豚肉やアルコールなどコーランに厳しく守るべき戒律として記述されている。

「信仰する者よ、われがあなたがたに与えた良いものを食べなさい。そしてアッラーに感謝しなさい。もしあなたがたが本当に彼に仕えるのであるならば。彼があなたがたに、(食べることを)禁じられるものは、死肉、血、豚肉、およびアッラー以外(の名)で供えられたものである。だが故意に違反せず、また法を越えず必要に迫られた場合は罪にはならない。アッラーは寛容にして慈悲深い方であられる」(第2章172~173節出典『ムスリムが豚肉を食べない医学的理由』より)

教義に即した食生活は、肉体的健康の維持という側面と同時に宗教的義務を遵守し精神的健全性の維持と浄化、高い道徳性を維持した日々を過ごすという意義があり、その自覚をイスラム教徒は強く持っている。

イスラム諸国では厳格に注意が払われているのだがグローバル時代の今日、ハラール対応食ニーズは日本でも急速に高まっている。

ただ世界統一ルールは無く、イスラム諸国各国で宗教者が判定を下しその国の実情に合わせたルールが策定されており、輸出に関しては輸出先のルールに合わせる必要がある。明文化されたルールが早くから整備され国策として推進してきたマレーシアの例が有名だが、イスラム諸国それぞれ微妙に違いがある。日本国内で流通するハラール食材はイスラム諸国からの輸入が多い。イスラム教徒が鋭利なナイフでコーランの一節を唱えながら絶命させた鶏や牛でなければハラールとは認定されないため鶏はその処理をしているブラジルから、牛肉は豪州からの輸入が日本国内消費のかなりの部分を占めているのが現状だ。

空前のムスリム観光客増は日本各地の観光地や産業、国際交流や貿易の大きな可能性を秘めた「第2の黒船来航」といっていいほどのインパクトを持っている。世界人口の3分の1に上るイスラムの人々との出会い。だが、世界のメディアのほとんどは欧米のキリスト教徒やユダヤ教徒によってハンドリングされている。聖地エルサレムの宗教施設や聖なる歴史的建造物をめぐる対立のニュースが連日世界を駆け巡っている。

写真撮影されること、報道やメディアに登場することに否定的なイスラム教徒の謙虚さから、欧米の大国や先進国の主張ばかりが目立つ国際報道。私たちは「テロ」や「残虐」という非イスラム・メディアの報道を鵜呑みにせず、「なぜこれほど信者が多いのか?」という疑問に答えてくれるような素敵なイスラムの人々に出会う第一歩を踏み出さねばならないのではないか? インドネシアやアフリカ北部、アフガニスタンや中東、英国やアメリカで私が出会った素朴で信義に篤く心優しく控えめで信心深いイスラム教徒の友人たちの素顔に出会ってほしいと切望している。

現在、筆者の会社「アジール・フィリア」は、在日イスラム教徒だけで組織されたハラール認証機関「国際イスラム交流支援協会(IICA)」のサポート、日本国内の企業や団体との橋渡し、在日イスラム教徒や留学生の暮らし向上の支援を目指している。

IICAは4年前から活動を始め日本で4番目、関西で初めてのハラール認証機関で、幾つかのモスクのイマームと連携し、各省庁や都道府県や地方自治体、教育委員会などと連携して教育や啓発、ビジネスサポートなども行っている。

ハラール認証を取得した食材が日本国内で増加することは、選択肢の少ない在日イスラム教徒の日々の食生活に多様性を付加することと同時に、日本人・日本人社会がハラールという宗教的規範を知り異文化や多様な宗教に出会い学ぶという社会教育的意義がより大きいと感じている。

9・11以降、欧米(つまりキリスト教徒がほとんどを占める)のメディアからイスラムに関する歪曲された報道があふれている。誤解ばかりされているイスラムという文化や宗教背景を持つ人々を正しく理解してほしいという思いが筆者には強い。国連UNDP職員として戦乱直後のアフガニスタンで学校建設プロジェクトを担ってきたこともあり、子供たちの表情や保護者たちとの思い出も蘇る。

イスラムの聖典のひとつ『ハディース』に記述されている聖なる食材「クジラ肉」のハラール認証を水産庁関係者と連携して行ったことでIICAは一躍有名になった。彼らとの協力でハラール認証和牛肉の国内供給も近く開始する。春からは都内の大手調理師学校でイスラムの教義や文化と共に各国料理の講習会をコーディネートする依頼も受けている。5年後に迫った東京オリンピックに向けての動きだ。

大手家電店の片隅の階段踊り場で1日5回のメッカ礼拝を行っていたイスラム教徒がガードマンに誰何されるという笑い話のような実話。世界を巡ってきて日本ほど多文化・他宗教に関する基本的知識が乏しい地域は珍しいと思ってきた。それは独特の文化や社会を守っている独自性と奥深く長い伝統・歴史の魅力の裏返しでもあり、島国性とも言えるのだが、国際化時代を迎えてステレオタイプのイスラム理解から脱却し、ハラールを通じてイスラム教徒やイスラム文化に出会い直すチャンスを生かしてほしい。