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1、子供の歓声とお題目の合唱 どちらも御仏の声として

日蓮宗大本山池上本門寺貫首菅野日彰

2017.02.17~2017.03.10

  • 1、子供の歓声とお題目の合唱 どちらも御仏の声として
  • 3、僧俗一体の修行法 唱題行は動中に静の境地
  • 2、池上の布教・人づくり 半世紀を経て第2段階に
  • 4、正法立て世界安んずる 平和へ行動、今がその時

今私の部屋に子供たちの大歓声が聞こえてくる。私の部屋は2階、日蓮聖人を奉安する大堂の裏手である。大堂を右、グラウンドが左。少年野球用の小さなグラウンドが目下熱気に包まれている。池上朗子野球部は青色のヘルメット、対する地元クラブのメンバーは赤。赤ヘル軍団というわけである。朗子野球部には女子メンバーもおり特有の声も聞こえてくる。加えて日曜なので寺院檀信徒の団体参拝も多く、大堂より内拝の大太鼓の音が響いてくる。子供の歓声と太鼓の音、私にはどちらも御仏のお声となって心にしみてくるのである。そして思う。これが池上なのだ。日蓮聖人はこの姿をきっと喜んで下さっているにちがいないと。

野球だけではない。別の広場ではボーイスカウトが隊列を組んでいる。また96段の正面階段の下の朗子会館では、池上スポーツクラブが体操の練習に汗を流している。4階建てのビルなので、他の階では合唱団、鼓笛隊と、にぎやかである。曜日が変わるといくつもの仏教文化講座、弁護士、僧侶による人生相談、大人のコーラス部、池上太鼓ともり沢山である。とにかく池上のお山は休むことがない。

思いおこすと昭和32年4月、柳行李一つで上山してから60年、池上は大きく変わった。当時の池上は先の戦争に遭い、五重塔、経蔵、総門を残して全山烏有に帰し、全てが仮であり誰一人として今日の姿を思った者は居なかった。しかし全国2千万信徒の協力を得て一歩一歩復興を重ね今日の姿に生まれ変わった。その途中、私は布教部に籍をおいており、時の貫首金子日威猊下、酒井日慈執事長(後の82世貫首)の元で池上の将来像のご教示を受けた。

「池上は日蓮聖人ご入滅の霊地である。ご入滅の霊地ではあるが、終わりということではない。“蘇生の地”“新しく生まれ変わる霊地”ということである。これからの池上は“布教の池上”“人々が蘇生する池上”でなければならない」

かくて第一歩を進めた池上の活動は今年50周年を迎えるのである。