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1、オウム真理教 若者巻き込む宗教的専心

龍谷大教授田中滋

2016.12.09~2017.01.06

  • 1、オウム真理教 若者巻き込む宗教的専心
  • 3、文化財制度 国家が宗教に及ぼす影響
  • 2、古都税問題 「過激」なぜ批判される?
  • 4、参加しない現代人 「見る人」を信者に変える

「オウム真理教になぜ優秀な若者が入信するのか」とよく言われた。この問いに答えるために改めて宗教の実践について考えよう。

宗教の実践は非日常的な熱狂・熱情をしばしば伴う。他宗教との軋轢を生む熱狂的布教はその典型である。こうした非日常的な熱狂・熱情を伴う実践を〈宗教的専心〉と呼ぶことにする。

たとえば、念仏や坐禅あるいは経典研究への専念は、〈教義自体への専心〉であり、篤い信仰心の保持もそうである。

見落とされがちなのが、〈宗教の象徴的表現への専心〉である。たとえば、ケルン大聖堂のように天高く聳え立たせ、あるいは伽藍や堂宇を豪華絢爛にすることで宗教の偉大さが象徴的に表現される。また神仏を礼賛する祭礼の盛大化や不必要なまでの武装(僧兵など)も、宗教の偉大さの象徴的表現である。

宗教が多様な専心に彩られていることは、その宗教の高い活性の証しであり、聖職者と信者が一丸となった専心は宗教の維持・発展のエネルギー源でもある。

しかし、多くの既成宗教では、その宗教的専心が聖職者の教義自体への専心(読経や修行あるいは教典研究への専念)に限定されている。今では信者のお百度参りを見かけることはまれである。誤解を恐れずに言えば、既成宗教は聖職者だけが宗教的専心に携わる「きれいごとの宗教」になったのである。

一方、新宗教では、布教や宗教施設建設などの多様な宗教的専心が信者を巻き込み、今も行われている。

オウム真理教への若者の入信の理由として挙げられるべきなのは、オウム真理教が展開していた多様な宗教的専心が、既成宗教のそれをはるかに上回っていたことである。若者にとってはその旺盛さが魅力であり、既成宗教はその魅力に欠けていたのである。

世俗化の進行は、既成宗教の聖職者や信者の多様な宗教的専心を抑止し、それを聖職者による〈教義自体への専心〉へと閉じ込めてきた。既成宗教の再活性化の条件は、まずは聖職者と信者とがともに行う宗教的専心を企図し、その魅力によって人々を呼び戻すことである。