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1、駅伝の季節到来 走ることで結ばれた仏縁

臨済宗佛通寺派修善院住職神田敬州

2016.11.11~2016.12.02

  • 1、駅伝の季節到来 走ることで結ばれた仏縁
  • 3、聖火最終ランナー 「生き抜く力」を培う教え
  • 2、五輪選手も奉納 靴に感謝し健脚祈る法要
  • 4、走禅一如 選手にとって安楽の法門

駅伝児たちが都大路に青春の夢を馳せて熱く燃える駅伝シーズンがやって来た。顧みれば私の出家の動機は、この駅伝や陸上長距離走に深く起因している。

生まれ育った実家は寺ではなく在家で、18代続く備後門徒の旧家だった。中学2年の春、平穏な暮らしに突如として大きな悲しみが訪れた。父親が脳卒中に倒れ、わずか10日足らずで急逝したのだ。行年46歳。「自分の体は自分で守らんと誰も守ってはくれん」、そう痛切に感じた。

その後、「強くなりたい」の一心で学校から帰ると松永(広島県福山市)の自宅から尾道までの往復十数キロを毎晩、何かに取り憑かれたように走った。

夜の街を徘徊したり無免許でバイクを乗り回す連中は補導され、親子ともども警察や校長室に呼び出され叱られるが、こうして毎晩走ることは誰から咎められるわけでもなく、どこかスリリングで爽快だった。

そんな暮らしが続き、父の一周忌が過ぎ、1年余りが経過した中学3年の夏休み、転機が訪れた。福山市の中学の陸上競技会の2000メートル走に勝って市の代表に選ばれたのだ。ささやかな栄光ではあったが、愚直にひたすら走り続けたことが奏功した。「人間万事塞翁が馬」「災い転じて福となす」とは、まさにこのこと。父の死の教訓は思いがけない遺産をもたらした。

こうした経緯から進学先は迷わず駅伝日本一の広島県立世羅高を選んだ。

世羅高の日々の練習は壮絶なものだったが、高校トップクラスがひしめく場所で仲間と共に日本一をめざして過ごす3年間は珠玉のような日々だった。

「生涯走ることと関わっていたい」という願望から卒業後は体育系の大学に進学して指導者の道を志そうと決意した矢先のこと、坐禅指導を受けていた世羅高裏山手の修善院の神田敬巌和尚から「生涯走ることに関わりたいのなら、この寺に来て禅坊主になれ!」と諭された。凄まじくも慈しみ深い説得だった。豪放磊落な敬巌和尚の迫力ある言葉に圧倒された。

かくして、私は先師敬巌和尚に就き出家得度。仏縁に抱かれて禅僧の道を歩むこととなったのである。