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1、国防の第一 「仁政」が愛国心を育てる

萩市特別学芸員一阪太郎

2015.08.28~2015.09.18

  • 1、国防の第一 「仁政」が愛国心を育てる
  • 3、元気失う若者 度量の大きな大人減った
  • 2、西洋の道徳 取るに足らない合理主義
  • 4、「仁義なき戦い」 国に裏切られた昭和1桁

幕末、吉田松陰は長州萩(現在の山口県萩市)の地で松下村塾を主宰し、高杉晋作・伊藤博文ら多くの門下生を育成した。ところが、幕府の開国政策を厳しく批判したため、安政6(1859)年10月27日、「安政の大獄」に連座し、江戸で処刑されてしまう。30歳だった。

当時の日本が抱えていた最大の課題は、西洋列強の「外圧」にいかに抗して、国の「独立」を維持するかであった。そのため「天皇」を頂点とした国の再編を行い、「攘夷」というスローガンで人心を統一し、国防を行おうとの動きが、活発になってくる。「尊王攘夷」だ。

松陰が20歳の時に書いた「水陸戦略」と題する意見書がある。この中で松陰は、国防の第一は「仁政」、第二は「武備」だと述べている。ここは、とても重要だと僕は思う。

「仁」とは情けであり、憐れみだ。そして弱者を大切にする政治が「仁政」なのである。つまり、「仁政」が行われているような国であれば、そこに住む人々は、自然と守ろうという気持ちを抱く。「外敵」が攻めて来るとなれば士気は高まり、軍備も充実する。だから第一と第二の順序は変えられないのだ。

昨今、この国では若者の「愛国心」が足らぬと問題視する向きがある。だから、学校で愛国心を養う教育を行い、その度合いを教師に評価させろと主張する政治家がおられると聞く。

これは、本末転倒だ。「仁政」を行い、若者に愛される国を作ることができなかった政治家の方こそ、猛省を促されるべきである。それこそが、松陰の教えなのだ。

愛国心は政治家に押し付けられるものではないし、まして他人が評価できるものではない。松陰にしても、幕府からすれば「逆賊」だったが、明治政府は「愛国心」の権化として祭り上げた。

また「愛国心」が失われたのを戦後アメリカの占領政策のせいにするのも、いい加減やめるべきだと思う。わずか10年にも満たない期間に失われ、60年以上経ってもまだ回復できないのなら、その程度のものだったということではないのか。