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ベトナム原発反対を語る僧 少数民族チャム人の村

沖縄大教授 吉井美知子

2015年12月16日付 中外日報(世界宗教地勢)

ベトナム

2015年9月、原発の建設準備が進められているベトナム南部ニントゥアン省に、バニ教のイマム(僧侶)を訪ねた。バニというのは中東からマラッカやインドネシア経由で伝わったイスラムを、少数民族のチャム人が自分たちの伝統宗教と融合させたものだという。

ベトナムは共産党一党独裁の社会主義国だ。1990年代から本格化したドイモイ(刷新)政策により経済活動の自由化が進み、ホーチミン市やハノイを訪れると、街路は活気にあふれ何ら他の資本主義諸国と変わらないように見える。

しかし、政治や経済の話になると、いまだに自由が大きく制限されている。当然、宗教についても完全に自由とは言いがたい。例えば、共産党員になろうと思ったら信者をやめなくてはならない。僧侶や神父の人事には政府が関与して、「よい思想」を持たない宗教者は偉くなれない。

ホーチミン市から北に350キロ、チャム人ばかりが住むフォックニョン村でイマムのフアトアン師とダオヴァンティー師と面談した。「日本のフクシマは一体どうなっているんですか。日本の皆さんは原発をこの地に建てることをどう思っているのでしょうか」。単刀直入の質問に、同行の学生たちと共に思わずたじろいだ。この村は日本が輸出し、技術支援や情報提供を行い、建てられる原発の35キロ圏内に入る。

「私たちの祖先は、この地域でチャンパ王国を立てて栄えてきました。その末裔として私たちには先祖伝来の寺院や遺跡、文化を守る務めがあります。フクシマのような事故になっても、逃げる先はないのです」

「反対運動はしないのですか」とおずおずと学生が質問すると「無理ですね、この体制ですから」。しかしそれでも、2012年6月には当時の野田首相宛てに日本の原発輸出に対する抗議署名キャンペーンがネット上で展開され、多くのチャム人が命がけで署名した。そして世界的に有名なチャム詩人のインラサラさんを例外として全員が、公安警察に呼び出されたという。

「私たちチャム人は、イスラム教という非常に強い宗教さえ自分たちの伝統宗教と融和させて変化させ、長らく信仰を続けてきました。イスラム教を自分たち流に変えてしまうなんて、世界に他に例がありません」とイマムたちは得意げに話す。

「だから」と話は続く。「原発というような新たな要素が外から入ってきても、私たちには原発推進派の考え方を自分たち流に変えてしまう自信があります。先祖がやってきたことですから。闘うのではなく、融和させるのです」

気持ちは分かる。しかしどうやって推進派の考えを融和させて建設を止めるのだろう。イスラムと原発推進教(というものがあるとしたら)は同じように融和できる対象だろうか。

原発の20キロ圏内にはチャム人の建てたヒンドゥー教の古刹、ポクロンガライ寺院がある。福島では広大な土地が居住禁止となり、人びとは散り散りになって神社仏閣が取り残されている。もしも同じようなことが起こったら、チャムの人たちはどうするのか。これらの肝心の質問をついに発することはできなかった。

原発は電気を起こし、経済発展を促す一方で、文化や伝統を破壊する危険性を持っている。チャム人たちがいかにして原発建設を中止させるか、輸出元であり、被災した国の人間として見届ける義務があるのではないか。

よしい・みちこ氏=専門は国際協力学、ベトナム地域研究。著書に『立ち上がるベトナムの市民とNGO』など。