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インド牛の食肉解体に規制 ムスリムへの嫌がらせ

日本女子大准教授 近藤光博

2015年6月17日付 中外日報(世界宗教地勢)

インド

2015年3月2日、インドのプラナーブ・ムカジー大統領は、1995年にマハーラーシュトラ州で成立していた「動物保護(修正)法案」に認可を与え、これを実効化した。76年に成立した元の法律は、牝牛と仔牛の食肉解体を規制するもので、修正法では、規制の網が牡牛と去勢牛にまで拡大された。

大統領府の決定は、ハリヤナ州でも同様の法制定の動きを誘発するなどし、大きな議論を巻き起こした。

修正法は、少数派としてすでに窮地に立たされているムスリム(イスラム教徒)をさらに追い詰めるものだ、と批判者は警告する。食肉解体には多くのムスリムが携わっっており、法改正は、彼らの生活基盤を脅かすというのだ。しかしこれは、単なる産業政策の問題ではない。宗教対立に深く関わっている。

ヒンドゥー教では「牝牛の神聖性」が広く認められているのに対し、イスラム教はそれを認めない。そのため、牝牛などを扱う食肉解体業には、歴史的に、多くのムスリムが関わってきた。こうして100年以上も前から、牝牛などの食肉処理が、ヒンドゥー(ヒンドゥー教徒)、ムスリム間の争点へと仕立て上げられ、暴力的な衝突を引き起こしてきた。そしてマハーラーシュトラ州は、この問題が最も顕著に表れている場所である。

元の法律で牝牛の食肉解体に関する規制はなされていたのだから、この地域のムスリムは、ヒンドゥー側の要求にすでに応えていたことになる。にも関わらず、修正法で規制を拡大するというのは、ムスリムに対する嫌がらせ以外のなにものでもない――この批判は十分合理的である。実際、大統領府が法案を20年間も未決のままにしておいたのは、それを承知していたからだろう。

それでも修正法が実効化された。それには、現在のインド政府からの圧力があったというのは、いわば公然の秘密だ。現与党のインド人民党(BJP)は、ヒンドゥー至上主義を陰に陽に掲げてきた。その主張と活動は、しばしばムスリムの利害と誇りを傷つけている。当然、牝牛保護と食肉解体業規制は、同党が推し進めたい政策パッケージの一つだ。

そもそも、95年に修正法案を通過させたマハーラーシュトラ州議会の与党が、他ならぬインド人民党だった。当時、ヒンドゥー、ムスリム間の対立は全インドで最悪の状態にあった。その関連での暴動や事件に最も苦しめられていたのが、同州の州都ボンベイ(現ムンバイ)である。その時期、その場所で、インド人民党は、ムスリムらの反対を押し切って、食肉解体業への規制強化を図ったのだ。

2014年5月、インド連邦の中央政権をインド人民党が奪取。表ざたになっていないが、20年間塩漬けにされていた法案に認可を与えるよう、大統領府に圧力がかかったというのは想像にかたくない。経済成長を掲げて躍進した同党がひた隠す、攻撃的なヒンドゥー至上主義が、事態のこうした推移に表れているとして、各方面が警戒感を強めた。これが今回の騒動の実態である。

牛肉、牛皮に生活が懸かっている人々は、ムスリムだけではない。低位カースト、被差別民、貧困層なども、そこには含まれる。牝牛の神聖性を護ろうとするヒンドゥー至上主義は、このように多方面への影響をまぬかれない。

こんどう・みつひろ氏=専門は宗教学、南アジア地域研究。現代インドの政治化したヒンドゥー教を比較宗教学の立場から研究している。