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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

つながり、そして明日へ 11(1/3ページ)

2012年12月27日付 中外日報
避難区域が再編されても、福島原発に近づく国道はなお封鎖されている。他県警の応援部隊が警備する(今年9月、福島県南相馬市で)
他県警の応援部隊が警備する

原発なんかに負けない

離散門徒に強い仲間意識

そこには、「3・11」から時間が止まったままの街があった。南相馬市の小高地区は、立ち入りできるようになったものの、避難指示直後に放置された状況はほとんど回復しておらず、9月11日に訪れた際も、市街地には地震で倒壊した家々がそのまま。まるでゴーストタウンだった。

原発から十数キロ。国道沿いのレストランさえ壁が落ちてこけむし、入り口に板を打ち付けたコンビニは店内に商品が残った状態。橋や道路は波打ち、JR小高駅前の商店街は人影もなく壊れた建物の瓦礫が道路を埋めていた。学校の広いグラウンドが人の背の高さまで茂った雑草に覆い尽くされているのが、月日の経過を物語る。

津波に洗われた海岸部は、なお当時のままの廃虚。ちょうど1年半後のこの日、随所が海水に漬かった荒野で100人余りの警察官が遺体の捜索をしていた。浪江に向かう国道はやはり厳重なバリケードで通行止めだ。

水道さえ通じず、ボランティアも来ない中で家の片付けをする住民の姿が時折見える。だが帰還準備をしても今後の生活の見通しはなく廃業した商店や事業所も多い半面、立ち入り可能で窃盗被害が相次いでいるという。一方で何とか地区を立ち直らせようと住民が「小高新生ビジョン」をまとめたが、「除染も進んでいないのに警戒区域解除が早過ぎた」との市民の批判も報じられた。