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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

つながり、そして明日へ 6(1/3ページ)

2012年12月11日付 中外日報
訪問したボランティアたちに庭を見せ、話をする在宅の被災者。別れの時は涙を止められなかった(宮城県南三陸町滝浜で)
訪問したボランティアたちに庭を見せ、話をする在宅の被災者

神様の導きで多くの縁

「決して忘れはしない」

小渕浜の佐々木茂則さん(61)は養殖や加工など手広く水産業をしていた。地震の後、船を避難させようと7・2トンの養殖船に小舟4隻をつないで沖へ走った。僚船と津波の情報をやりとりしながら夜を迎え、岸が真っ赤に燃えているのが見えた。翌日ようやく戻ると家も作業場も全てなくなっていた。

妻巳代子さんは家で寝たきりの母かめのさん(90)を助けようと車椅子を用意していて津波に襲われた。目の高さまでの濁流で割れたガラス窓から血だらけで逃れられたが、抱き締めていた母は引き波にさらわれた。

茂則さんは一時は廃業を考えたが、漁師仲間と支え合って再出発した。何度も訪れては励まし続けた金光教大阪災害救援隊の竹内真治さんらに、巳代子さんは「本当にうれしかった。それで今も生かされているようです」と涙ぐんだ。巳代子さんは最初、金光教を知らず「きんこうきょう」と思っていた。実家は曹洞宗の檀家だが「宗教の違いなんか。心ですよ、大事なのは」と言った。