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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

つながり、そして明日へ 3(1/3ページ)

2012年12月4日付 中外日報
手慣れた様子で作業する災害救援ひのきしん隊員。訓練といっても実質的な支援活動だ(宮城県東松島市で)
手慣れた様子で作業する災害救援ひのきしん隊員

献身的で統率とれた活動

救援は親神様へのお礼

この震災で多くの教派・宗派が教団としても支援に動いた。中でも最も組織的かつ大規模だったのが、天理教の「災害救援ひのきしん隊(災救隊)」だ。発生直後から奈良県天理市の本部の指示で全国47都道府県にある教区隊が順次出動し、当初の捜索から瓦礫撤去、給水や救援物資配給などに、青ヘルメットに濃紺の防災服姿の隊員たちが活躍した。

普段は通常の生活を送る信者たちの献身的で統率のとれた活動は、各地で「まるで自衛隊のよう」と評価され、7月下旬までの緊急期125日間に実動した人数は延べ1万8621人。給水総量1494トン、炊き出し約2万7190食、瓦礫・土砂撤去量は計約2万1400トンに上った。

天理教では他に、被災者を天理市の教団本部の施設に受け入れたり、臨床心理スタッフを派遣して心のケアをしたりした。

だがその力量以上に大きな特徴は、活動が「他者への奉仕」のボランティアではなく、「ひのきしん」つまり「親神様への報恩・感謝から生まれる行い」だということ。田中勇一・災救隊本部長は、「ようぼく」と呼ばれる「親神様に体を貸していただいて生きている人間」が、その「お礼をさせていただいているのです」と語った。

明治24(1891)年の濃尾地震復旧支援活動に端を発する災救隊は100年以上の歴史を持ち、阪神・淡路大震災でも活躍した。