ニュース画像
多くの人が見守る中、彰義隊墓所で盛大に営まれた150回忌法要
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版
トップ> いのち寄り添うリスト> 心のケア・宗教の力 13
いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

心のケア・宗教の力 13(1/3ページ)

2012年10月16日付 中外日報
宗教者による仮設住宅での「心のケア」。時には肩ももみながら話をする(宮城県石巻市内で)
宗教者による仮設住宅での「心のケア」

泣いても怒ってもいい

分かち合うことに喜び

人が人の心をケアすることは、親子や家族、友人同士などの間で日常的に行われている。だが、災害による肉親の突然の死など非日常的な状況においては、その特別な苦しみ、悲しみに系統的に対処する技量を持ったカウンセリングの専門家や、そもそも人の心を支えることが任務である宗教者の力量が求められているのかもしれない。

「心のケア」に宗教者はどう向き合うのか。昨年末に開かれた浄土真宗本願寺派の「ビハーラ活動全国集会」で、被災地でケアに取り組む臨床心理士の森田喜治・龍谷大教授は「傾聴とは、人の話を聴くだけでなく、人を聴くこと。言葉と表情の下にあるその人の本当の思いを聴くことだ」と強調した。

「被災者は震災で全てのものを失ったが、『意味』は残った。他人には何でもない存在が被災者にとっては特別の意味を持つ」とケアでの手掛かりに言及した。

被災地では、津波で家族を亡くして青森の霊場恐山に参拝する人が多いと聞いた。東北で「人は死ねばお山さ行ぐ」と言われ、イタコと呼ばれる霊媒師の「口寄せ」で死者と「対話」できる場所だ。旅立った親や子供の名前を呼んで泣き叫ぶ姿が連日見られ、山にある寺院では夜遅くまで悲しみを僧侶に話していく被災者が後を絶たないという。「死」との霊的な向き合いがそこにある。