ニュース画像
多くの人が見守る中、彰義隊墓所で盛大に営まれた150回忌法要
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版
いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支える思い 4(1/3ページ)

2012年7月19日付 中外日報
一周忌の3月11日、犠牲者の集中した海岸近くで供養をする高橋住職ら(岩手県大槌町で)
犠牲者の集中した海岸近くで供養をする高橋住職ら

寺は人生を学ぶ場所

12年かけ地元民と太い絆

岩手県大槌町吉里吉里にある曹洞宗吉祥寺の高橋英悟住職(39)はよく涙を流す。「坊さんとして失格かもしれませんが」。凄まじい惨禍を前に「しっかりせねば」と自らを鼓舞し、僧侶としての役割にひたすら打ち込んできた。街が壊滅した極限状況に「想像を絶する出来事です。が、信仰が揺らぐことはない。そんな暇さえありませんでした」と人々を支え続け、思いが高ぶっては声を上げて泣いた。

古い杉の巨木の間の参道を上った、町一番の高台にある寺からは太平洋が一望できる。3月11日の地震の後、町内防災無線が2分で切れ、墓の様子を見に行くと津波が迫って来るのが見えた。急いで妻と娘を迎えに下の吉里吉里小に駆け降り、児童や避難していた町の人々にも「ここは危ない」と寺へ誘導した。すぐに250人になった。

地区は5日間孤立。150キロあった供養米を炊き、握り飯にして一帯に配る。多くの犠牲者が出た衝撃の中、全員の気力と体力を維持するため布団の上げ下げや朝の体操を日課に規則正しい生活を指導し、気が付くと50日がたっていた。

津波数日後から町の対策本部が置かれた吉里吉里小などの安置所には遺体が次々集まった。千人を超える状況に斎場がパンク状態で、火葬のめどが立たず、戦前のように境内で荼毘に付したいとの相談まで寺に寄せられる。高橋住職は当然のように連日、安置所を供養に回った。小中学校など4カ所。黒の改良法衣に紺色の絡子を胸に掛け、作務衣のズボンに長靴姿で、香炉とロウソク立てを持参した。