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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支援の広がり 7(1/3ページ)

2012年4月21日付 中外日報
震災から1年がたち、自宅のあった跡にたたずむ人々。春の彼岸で喪服姿が多い(岩手県大槌町で)
岩手県大槌町で

一緒に泣き一緒に祈る

被災者の精神的支えに

人口の1割近い1300人余りの死者不明者を出した岩手県大槌町は、職住を求めて外部へ去る町民も多く、人口減少率が17%と県内最高だ。

視野の限り続く廃虚の中に残骸をさらす元の町役場は、外壁の大時計が地震・津波の午後2時50分で止まったまま。近くに、ほぼ同じ時刻に起きた昭和8年3月の三陸地震大津波を記録した石碑が立つ。「高さ15尺」(約4・5メートル)、「61人死亡」。そして「一、津浪が来たら高いところへ逃げよ」「一、危険地帯に居住するな」との教訓が記されていた。

浄土宗大念寺の大萱生修明副住職(55)は、今も多くの遺骨を寺で預かり供養している。遺体安置所に読経に通っていた震災後2週間ほどのころから、遺骨が次々持ち込まれた。県内ではできない火葬を他県で済ませたが避難所暮らしで安置する場所もない遺族らが、葬儀もできず悲痛な面持ちで訪れた。

すぐに400体近くになり、全壊した親戚の曹洞宗江岸寺の分も別室を設けて受け入れた。一家のほとんどが死亡したケース、町が依頼した身元不明者も。ささやかな花や泥を洗い落とした遺影が添えられたのもあり、箱だけの遺骨もある。