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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

原発さえなければ 10(1/3ページ)

2012年3月22日付 中外日報
立派な本堂の泉龍寺だが、訪れる人は少なくなった。放射線量も心配で、檀家も多くが避難した(福島県南相馬市で)
放射線量も心配で、檀家も多くが避難した(福島県南相馬市で)

「日常」がいかに大事か

信仰の核に迫る原発事故

「そこに亡くなった方が、ご遺体がある。それを弔うのが住職として当たり前だ」。福島第1原発の事故で避難を求められた福島県南相馬市で、退避せずに留まり続けた真言宗豊山派泉龍寺の石川信光住職(58)は、あごひげがのぞくマスクの下からそう理由を語った。

昨年初冬に訪れた際、「靴が海辺に流れ着き、中に足指があったので警察の捜索が再開されました」。原発禍ばかりが注目されたが津波で663人が犠牲になったのだ。

市内は事故直後に避難指示区域と屋内退避区域に分けられ、次いで「自主避難」、後に「緊急時避難準備区域」と分かりにくい指示に住民は振り回された。檀家も多くが去ったが逡巡する高齢世帯もあり、石川住職は妻ら家族を孫の安全のために東京へ避難させたが、自らは「逃げるなど全然頭になかった」という。

地震から数日して3キロ離れた火葬場へ行くと、多くの遺体が何の供養もなく焼かれているのに衝撃を受けた。どの寺も避難したのだ。「人の命は生きている時だけ」という考えに対し「送るだけで、死んだ人の命はどうなる」とかねて考え、いわゆる「直葬」にも批判的だった。それ以上の惨状を目前にし、その日から1カ月間、無償で読経に通い詰めた。