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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

原発さえなければ 6(1/3ページ)

2012年3月3日付 中外日報
福島県内は山林が多い。ここまで放射性物質の除染を進めるのは事実上、無理だとされる(福島県川俣町で)
福島県川俣町で

生活の全てを奪われて

宗教者にとって怒りとは

福島県浪江町・真言宗室生寺派大聖寺の青田敦郎住職(51)は以前、本堂で法要をするたびに檀家同士の心の交流を肌で感じていた。寺という場の力を。盆には毎年、施餓鬼法要をしていたが、その場が奪われた。

事故から5カ月の8月10日、少しでも近くでと南相馬のJA会館を法要会場に借り住職が福島の避難先から出向いた。例年なら60人の総代が檀家を回って周知してくれたが、今は離れ離れで連絡さえ取れない人もいる。

代わりに地元紙に社会面1段の広告を出した。各地から檀家が400人も集まった。墓参りさえできない中の法要の機会に、親族総出で来た檀家も多く、「生きてたのか」と住職も交えて互いに無事を確認し合った。

震災で亡くなった檀家70人を含む新盆の120人近くの戒名、俗名を読み上げ、般若心経を唱える。そして、青田住職は次のような文言を入れた祭文を奏上した。

「大海大地山川草木汚され住み慣れし地を追われ 我ら避難流浪の民となる 安住なき先行き見えず 不安と悲しみ喪失感の憂いの5カ月なり」

人災である原発事故に生活の全てを奪われ「流浪の民」となった無念、心からの憤りが込められていた。異例の「怒り」の言葉を、参列者は水を打ったように静かに聞いていた。

「それが皆さんの共通の思いでした」。例年なら渡す卒塔婆の代わりに小さな経木を受け取って帰る参列者のまなざしも、それを物語っていた。