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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

原発さえなければ 5(1/3ページ)

2012年3月1日付 中外日報
防護服の上に袈裟を着けて住民らと供養する青田住職の姿が報道され、衝撃を広げた。後方に原発の排気筒が見える(時事・昨年5月26日、福島県浪江町で)
時事・昨年5月26日、福島県浪江町で

先祖が眠る墓のある故郷

「一生戻れん」不安消えず

「ひょっとしたら生きて助けられたかもしれんのに」。福島第1原発の事故で放射能に汚染された区域では、津波で流された人々の捜索さえ滞り、遺体発見も大幅に遅れた。

避難を指示された人たちは身内を捜す余裕もなく追い立てられる。居残った住民が海に遺体が浮いているのを110番通報したら、「早く避難しろ」と言われた。

警察署も閉鎖され、警察官や自衛隊の活動もストップした。40日近くたって防護装備の捜索隊によって発見された肉親に、「なぜもっと早く会えなかったのか」と遺族の悔悟と悲嘆が募る。「長いこと寂しい思いをさせ申し訳ありませんでした」と遺体に合掌する警察官もいた。

津波で180人が犠牲になった福島県浪江町も同じように海岸に多くの死者が放置された。500軒の檀家のうち70人を失った真言宗室生寺派大聖寺の青田敦郎住職(51)は、福島市内の避難先の家で心を痛めた。

町内の小学生の姉弟は両親と祖父母が行方不明になり二人で避難所や知人宅を転々とした。父や母の遺体にも会えない1年生の弟は涙を見せず「ママ元気かな」と、死がのみ込めないままだ。