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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

死と向き合って 1(1/3ページ)

2012年1月14日付 中外日報
津波の衝撃と大火の熱で、大きな梵鐘さえもが破壊された(岩手県大槌町、江岸寺で)
岩手県大槌町、江岸寺で

日常が一転、地獄に

水と火に身も心も凍てつく

昨年3月11日。東北地方はまだ冬型の気圧配置で、未明の気温が氷点下という金曜日だった。

後にさまざまな被災者支援活動に奔走することになる仙台市の日本基督教団の川上直哉牧師(38)は、体調が悪く朝から若林区の自宅にいた。仕事には常に万全で向き合うため、不調の時は寝ている主義だ。

何百人もの避難者を支え続けた岩手県釜石市の日蓮宗仙寿院の芝崎惠應住職(55)は、日課の勤行を済ませ、寺へお茶を飲みに来た檀家と冗談を交わしていた。

原発事故で全村避難を強いられることになる福島県飯舘村では、産業振興課主査である浄土真宗本願寺派善仁寺の杉岡誠順住職(35)が会議のために役場を出た。3日後が誕生日、「また年を取るんだなあ」と思う。

誰もが、いつもと変わらない日、変わらない時間が過ぎてゆくものと思っていた。

午後2時46分18秒、宮城・牡鹿半島の東南東130キロ沖の海底から異変が起きた。

川上牧師は幼稚園年長組の長女に「すごい揺れだ」と声を掛けた。芝崎住職は知人に届け物をするため妻と車に乗っていた。渡りかけた甲子川の橋が大きく波打った。飯舘村役場の電話が一斉に鳴り始めた。

宮城県石巻市の大川小学校では普段通りに授業が済んだ。各学年の学級では終礼が行われ、児童が起立して挨拶を交わしていた。「では来週も元気で……」