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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

はじめに(1/5ページ)

2011年12月22日付 中外日報
酪農家が命を絶った現場には、ベニヤ板壁に書き置きが残る(福島県相馬市で)
酪農家が命を絶った現場には、ベニヤ板壁に書き置きが残る(福島県相馬市で)

存在問われる宗教者

扉のない入り口から、がらんとした空っぽの牛舎に寒風が吹き込んでいた。ベニヤ板の壁に「原発さえなければ。仕事をする気力をなくしました。長い間おせわになりました」と白チョークで走り書きが残る。

初冬の福島県相馬市副霊山地区。東日本大震災に伴う東京電力福島原発の事故を機に酪農家が自殺した現場の山間では、手元の線量計が毎時3・3マイクロシーベルトの値を示した。「地獄じゃ」。過疎の地で助け合ってきた仲間の酪農家が言う。ここには、この日本社会の苦が凝縮されている。

「震災関連自殺」は、内閣府の調査によると東北関東の6月だけで計16人。計画的避難区域で全村が移転を強いられた飯舘村で最高齢の102歳男性が家族離散を苦に、隣接の町では50代女性が焼身、南相馬では93歳女性が「あしでまといになるから。お墓にひなんします」との遺書を残して命を絶った。

冬が再び巡り来た海辺ではなお、行方不明の肉親を捜す傷ついた被災者の姿がある。東日本大震災は、1万8千余りの人々のいのちを犠牲にし、生活や文化の全てを破壊し、そして原発事故が苦難に追い打ちをかけた。それは東北を中心とする被災地にとどまらず、この国全体に「苦」を広げ、生き方の問い直しを迫った。

復興はいかにあるべきか、「大量死」にどう向き合うか、文明転換の内実は。多くのシンポジウムなどで論議が重ねられたが、回答はすぐには出ない。その中で宗教と宗教者もまた存在を問われている。