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<連載・断面>浄土宗の現状と課題 第3回

2015年4月1日付 中外日報

信仰こそ教化の原動力

学問では足りない

新しい研修は、「教養的」ではなく、教化の現場で必要となる「専門的」な知識の習得のため、「教義」「布教」「社会貢献」「僧侶としての活動」を柱に、カリキュラムが組み立てられている。

教師になるための伝宗伝戒道場の満行者のうち、宗門校の教師養成課程を経ずに、短期養成を目的とする「教師養成道場」を修了した者が4割程度を占めており、教師資格取得後にさらなる「学」研鑽を、との声がある。

しかし、その一方で、研修での講義形式の「学」の研修では得られないものが、教師にとって重要との意見も少なくない。

「『学』としての研修会だけで果たして十分なのか」。3月の定期宗議会一般質問で、知恩院執事でもある滋賀教区選出の鶴野重雄議員は、「学」と「行」の両面が新たな研修には必要だと指摘した。

各種の講習会などで講師を務めることが多い一級法式教師の清水秀浩・法樂寺(大阪府枚方市)住職も、「教師の資質向上というのであれば、知識の習得とは別に、深い信仰を持つ僧侶の話を聞いて、自らの信仰の糧にすることも大切になるのではないか」と話す。

宗教体験が支えに

新たな研修のカリキュラムの策定を行っている教育・教化法制委員会の神田眞晃委員長は「目指すべきは、人々と一緒に悲しみが共有できる僧侶。学問だけでなく、社会教化ができる人が必要だと思う」と話す。

では、現代社会で教えを説くことができる僧が備えるべき資質とは何か。

同委員会の専門部会で、自らの修行に専念する僧侶から、教化ができる僧侶になるためには「何が必要になるのか」という問いに、委員の一人は「宗教体験だ」と断言した。

神田委員にも思い当たる体験があった。28歳の時、青年僧の仲間と一緒に夜通し念仏を称えた。「阿弥陀様の心に触れることができた」と感じた一瞬があった。

こうした経験が、自らの活動の原動力となっている。1995年、阪神・淡路大震災の被災地に向かい、火災に見舞われて「何もなくなった」神戸市長田区に入った。手探りでボランティア活動もした。

「ボランティアは、真剣に活動に打ち込むうちに、一緒に被災体験をし、心に傷を受けることもある。そのときに頼りになるのは、阿弥陀様しかいない」。自らの中に培った信が、人々に寄り添う自分を支えた。

また、東海地方の60代のある僧侶は「誰もが宗教体験を得られるわけではないが、日常的に檀信徒と接することで、教化の力を得ることもできる。あくまで檀信徒と接する日常が重要だ」と力を込める。

今年の春彼岸。回向の申し込みのために、何度も寺に足を運ぶ80代の認知症男性がいた。浄土宗の教えの奥義を伝える五重相伝も受けた熱心な檀信徒だった。総代たちは顔をしかめたが、この僧侶は、記憶が薄れても信仰が最後まで失われていない男性の姿を見て、「信仰が男性を支えている」と思ったという。

新たな研修に注目

いつの時代にも、僧侶の教化活動の原動力となってきたのは、「信」や「体験」だ。それらは「学」が中心となる研修では得ることが難しい。そうしたジレンマも抱えながら、2016年度からの実施を目指して、「専門的」をキーワードにした新しい研修制度の準備が進んでいる。

(おわり)