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<連載・断面>新宗教⑦

2014年8月20日付 中外日報

伽藍教えを目に見える形に

奈良県天理市の中心部を歩くと、千鳥破風の屋根や赤い窓枠など統一された外観が目を引く一連の建物が目に入る。「おやさとやかた」と呼ばれる天理教の施設群だ。ただの建物ではなく、教えが目に見える形となった建築物は、信仰を深めるよすがとなっている。

教団本部のある神殿の周辺地域は信者らに「おやさと(親里)」と呼ばれ、その中心に人類創造の地とされる「ぢば(地場)」がある。おやさとやかたは、そのぢばを囲うように1954年から建設が進められている。

「『屋敷の中は、八町四方となるのやで』という教祖のお言葉に基づき、ここを天理教が目指す『陽気暮らし』世界のひな型にする構想」と西浦三太・渉外広報課長は説明する。8町は約872メートル。全周約3・5キロに及ぶ正方形の線上に68棟を建て巡らせる計画だ。これまで28棟が完成し、天理大の校舎など教育関連、病院、教義研究、信者修養の施設などに使用されている。

ただ現時点で新たな建設計画はなく、最終的な完成年次が決まっているわけでもない。「『きりなしふしん(普請)』と言って、これで終わりということはない。『形のふしん』を通して『心のふしん』を進めていく」と西浦課長。真の平和、陽気暮らし世界の実現に向け、構想は次代へと受け継がれる。

宗教学者の島田裕巳・東京女子大非常勤講師は「天理教の『大正普請』の際は、柳田国男や和辻哲郎が物珍しさで見学に赴いたと記している。巨大な建築物はそれだけで、世間から注目される要素となる」と指摘する。

1921年と35年の2度にわたる大本事件では、京都府綾部市の聖地など大本の施設が国家権力によって破壊され、マスコミが大々的に書きたて社会の関心を集めた。創価学会が中心となって72年、日蓮正宗総本山大石寺(静岡県富士宮市)に完成させた正本堂は、6千人を収容できる巨大施設で、デザインの斬新さもあって注目された。98年に取り壊された際もさまざまな形で報道されており、伽藍は教団の象徴的存在として扱われることが多い。

巨大で特徴的な建造物は、教団に属さない人たちの目には威圧的に映ることもある。「堂内に入るのは躊躇してしまう」という人もいる。だが霊友会が7月に本部・釈迦殿(東京・麻布台)で行っている創立記念日イベントには一般の人も多く来場。節分の豆まきにも近隣の人たちが参加するなど、地域に開かれている。立正佼成会(東京都杉並区)の本部大聖堂でも、近くの住民が敷地内を散歩する姿が日常的に見られ、必ずしも閉鎖的なわけではない。

信者にとっての伽藍の意義について、島田講師は「建築の過程に参加することそのものが、教団への献身・貢献の意識を高める効果がある。浄財や労働の成果が、伽藍として目に見える形で作り上げられることは、信仰心の確認にもなる」と話す。

立正佼成会の本部大聖堂は64年に建立され、今年50周年を迎えた。大聖堂が円柱状なのは法華経が完全円満な経典「円教(経)」とされているからで、柱の数や装飾などの意匠で四諦八正道を表現する。渡邊恭位顧問は「お釈迦様の説かれた教えを、現代の人にも理解できるように伝えるのが自分のお役目と思って庭野日敬開祖は大聖堂を造られたのでは」と話す。

現在実施されている50周年記念本部参拝では、信者が短冊状の用紙に誓願を記入して本尊に奉呈。「開祖さまの願いをわが願いとする」ことを心掛け、信仰の原点を見つめ直して行動していくことを誓っている。

同会では「すべての場所が道を求める道場」という「道場観」を説き、大聖堂を「聖地」と位置付けているわけではない。どこであろうと修行の場とすることを目指しつつ、信者同士が集い学び合える場として教団施設が生かされている。

島田講師は「多くの信者を収容するためにも伽藍は巨大なものとなる。同じ時、同じ場所に全国の信者が集まることで、仲間意識と信仰の輪を実感することができる」と説明する。信仰を同じくする者が同じ空間にいることが、互いを高め合うことになり、資格の獲得にもつながっていく。