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<連載・断面>都市開教③

2014年5月30日付 中外日報

守るべきは寺でなく生活 寺や僧はコンビニか

「法事で霊園に行った時、私の目の前でそれまで着けていた袈裟を脱ぎ、急いで別の宗派の袈裟に着替えて控室から出ていった僧侶がいた」。埼玉県の中核都市で約20年にわたり都市開教を行っている僧侶は、その時の光景をはっきりと覚えているという。

「彼らの中には2万円のお布施で通夜のお勤めをしている人もいる。首都圏では考えられない低額だが、時給2万円の仕事だと割り切っている。彼らにとって守るべきは自分の生活で、寺ではないのだから」

この僧侶は「節操のない僧侶」らを痛烈に批判するが、開教に取り組むに当たって葬儀社と関係を持つことを否定はしない。

最初のころは自分も葬儀社にあいさつに行った。しかし、地元寺院の住職や役僧らの名刺がびっしりと詰まったホルダーを見せられ、「もう間に合っている」と言わんばかりのけんもほろろの扱いを受けた。

東京近郊の葬儀に僧侶を派遣しているある業者は約170人の僧侶らと契約している。また別の派遣業者に登録されている寺院数は400カ寺に上る。首都圏全体では、葬儀社や派遣業者と契約している僧侶、寺院はこの数倍から数十倍になる。

競争も激しく、葬儀、法事を自分に優先的に回してもらうために「布施の半額をキックバックする」と申し出る僧侶もおり、業者側も「お坊さんの質も落ちましたね」と苦笑しているという。

「10年くらい前まではリベートはお布施の2割程度だったが、僧侶の方がどんどん額をつり上げている。今では5割という話も聞く」。都内で寺院運営のコンサルタント会社を経営する代表者の話だ。

それでも、通夜と葬儀の布施が合計で30万円とすれば、リベートが5割でも手取りは15万円になる。1カ月に10件の葬儀に行けば、単純計算で“月収”は150万円。一流企業の重役並みの高給だ。

この代表者によれば、最近は僧侶を葬儀や法事に派遣する業者が増えているという。

祖父母や親の代、あるいは自分の代に地方から移り住んだ人たちが多く暮らす東京では、都内に菩提寺を持たない人の割合がかなり高い。普段は寺院や僧侶と関係を持つことなく暮らしていても、家族が亡くなれば葬儀をしなければならない。

僧侶抜きの直葬や宗教色を出さないお別れ会も増えているが、地方から葬儀に参列する親族らの手前、「家」の宗旨で葬儀を行う人たちもかなりいる。人口に対して寺院、僧侶の絶対数が不足している首都圏などの都市部では僧侶派遣のニーズが高くなるが、「葬儀の時だけのお坊さんをお願いしたい」と依頼する人もいる。

「地方のように寺檀関係が強くない東京などでは、都会の人たちは寺や僧侶をまるでコンビニのように考えている。お寺参りはしないが法事はするという人たちにとり、寺や僧侶は必要な時にだけいてくれればよい存在」

取材を進める中で開教僧侶が自嘲気味にこう話すのを聞いたが、人々の僧侶に対するこのような意識も、「葬儀や法事は専ら衣食を得るための仕事」と割り切る僧侶を生む温床となっている。

東京都内で活動している真宗大谷派の若い僧侶が生活困窮者の葬儀を無料で行っていることがマスコミで紹介されると、「ただで葬儀をやってくれるのか」との問い合わせが明らかに裕福そうな人たちから何件もあった。

派遣で暮らしている僧侶らを「行儀が悪い」と批判する都市部の既存寺院の僧侶らにも問題はある。

関東で法事への僧侶派遣を行っているある業者は、菩提寺から高額の布施を要求され、払えないので僧侶を紹介してほしいとの依頼を受けた。事情を聞くと、通夜の席で50万円の布施を渡そうとしたら、「うちは200万円」と要求され、とても払えないと断ると、明日の葬儀には来ないと言われたという。

僧侶の法施に対する信者の財施。本来は表裏一体であり、信仰上の行為である法施と財施の関係が、都市部では経済原理に支配されてしまっていることが、開教の現場に混乱をもたらしている。

日蓮宗の若手僧侶が都内で都市開教を始めようと、同じ教団の地元寺院にあいさつに訪れた。その時にある住職がくぎを刺すように言った一言が今も印象に残っている。「葬儀社に営業するのか」