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<連載・断面>都市開教①

2014年5月23日付 中外日報

1枚のチラシに開教の夢託して 離郷信徒にお念仏を

従来、農山村を主な伝道基盤としてきた伝統仏教教団の間で東京・首都圏など大都市部での開教の取り組みが、この数十年来活発になっている。2008年をピークに日本の総人口が減少に転じたことや地方の過疎化などの影響が背後にある。地縁、血縁、そして社縁までもが希薄になる中、特に都市部では人々はさまざまな悩みを抱え、自死や貧困などの社会問題も深刻化している。都市開教はただ単に宗祖らの教えを広めるだけでなく、このような人々の悩みや苦しみに寄り添うことが求められている。しかし、高度経済成長期以来の産業構造の変化に伴う人口の都市部流入を後追いする形でほとんどの教団の都市開教は始まっており、どのようにすれば信徒を増やすことができるかといった戦略、戦術すらまだ明確に定まっていないのが現状だ。現場で悪戦苦闘する開教僧侶の姿を追いながら、今後、都市開教がどのような展開を見せるのかを探る。

20人ほどの人たちが思い思いの場所にまばらに座っている。収容人員150人の市民会館が広く見えた。

ある伝統仏教教団の30歳代の僧侶が埼玉県内に布教所を開いた。開所を記念して講演会を企画、案内のチラシ3万枚を配布したが、その効果は0・1%にも満たなかった。

仏教を、宗祖の教えを一人でも多くの人たちに伝えたい。そんな思いを胸に新たな一歩を踏み出そうとしたこの僧侶は「この先やっていけるのだろうか」と心が折れそうになったが、「それでもこれまで全くご縁の無かった人たちが20人余りも集まってくれたのはチラシを配ったからだと思う」と言う。

もう20年も前の話だが、今春、同じように一枚のチラシに開教の夢を託し愛知県刈谷市に布教所を開いた浄土真宗本願寺派の僧侶がいる。

竹本崇嗣氏(37)。広島県出身。長崎県で本願寺派寺院の法務員をしていたが、「愛知県には九州から本願寺派の門徒がたくさん移り住んでいるが、西本願寺の寺は少ない」と周囲に勧められ、離郷門徒の人たちにお念仏の日暮らしを送ってもらいたい、これまで浄土真宗と縁の無かった人たちにも親鸞聖人の教えに触れてほしいと、不安はあったが「やってやるわい」と覚悟を決め、未知の土地へ飛び込んだ。

開教拠点は築40年以上を経た普通の住宅。立派な本堂や庫裡があるわけではない。玄関に掲げられた「浄土真宗本願寺派刈谷布教所光照寺」の看板が無ければ、ここが「寺院」と気付く人はほとんどいないだろう。

いかに自分と布教所の存在を地域の人たちに知ってもらうか。外出時にはどこへ行くにも僧衣を着け自分を名刺代わりにしている人もいるが、竹本氏は首都圏で都市開教を行う同郷の先輩の助言でまず新聞の折り込みチラシを作ることにした。

「先輩はいろいろ話をしてくれましたが、チラシのことはとても印象に残りました。最寄り駅からの道順を示す地図を入れる。僧侶としての自分の思いを分かりやすい言葉で簡潔に伝える。西本願寺の布教所だということが一目で分かるように、ご本山の写真も載せる。アドバイスは多岐にわたりました」

完成したA4サイズのチラシのほぼ中央に、「親鸞聖人のみ教えのもと、有縁の方々と共に敬い助け合う日々の中で、お念仏をよろこぶ方々の輪が広がるよう、力を尽くしてまいります」との決意が布教所開所の経緯と共に記されている。

トヨタ自動車の本社工場がある愛知県豊田市に隣接した刈谷市には、自動車産業で働く九州出身の本願寺派門徒も多いが、人口約14万7千人の同市に本願寺派の寺院は無い。

名古屋別院に本部を置く中京都市圏都市開教対策本部は、このような諸条件から刈谷市に布教所を設置することとし、開教専従員研修を終えた竹本氏を主管に任命した。

遠くに泊まりがけで布教に出掛けるときなどを除いて、毎朝午前7時から約20畳の仏間で朝のお勤めをするが、まだお参りする人はいない。近く500枚のチラシを地元紙に折り込む予定だ。

また、ほとんどの開教僧侶がそうするように、葬儀社へのあいさつ回りも欠かせない。「うちはもう決まったお寺さんと契約しているので」と敬遠されても足を運ぶ。檀家を持たない開教僧侶の“宿命”だが、苦にはならないという。

「布教所のことが新聞で紹介され10件ほど電話がありました。チラシを配れば反応も増えると思います。1人でも2人でも門信徒としてご縁を結んでくれる人たちと出遇えれば」と願っている。

「どうして都市開教を」との問いに、竹本氏は「生活していかねばならないということもありますが、人生そのものが都市開教だと思って頑張ります」と答えた。

今から約10年前、本願寺派の大谷光真門主は首都圏の同派寺院数が全体の約3%であることに触れ「このまま人口の首都圏への集中が進めば、わが教団はどうなるのか」と危機感をあらわにした。これを機に都市開教が宗内において、これまで以上に重視されることになった。