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9.人も心も散り散りにした原発と火災

2015年4月8日付 中外日報(5度目の春へ-東日本大震災)

「戻りたい」「戻らない」 絆紡ぎ直す門徒会館に

「困難を越えて必ず復興します」と語る白江住職(福島県南相馬市の光慶寺で)
「困難を越えて必ず復興します」と語る白江住職(福島県南相馬市の光慶寺で)

福島県南相馬市小高地区にある浄土真宗本願寺派光慶寺の白江順昭住職(61)は、原発事故で翻弄される檀家、門徒の複雑な心情をそのまま受け止めている。自らも避難して留守中の一昨年10月、本堂や庫裏が火災で全焼した絶望の淵から、何とか立ち直ろうとする途上だ。

昨年11月26日に組内の寺を借りて営んだ報恩講がスタートだった。まずは門徒会館を建てる意思を明らかにし、この4月に総代ら十数人で再建委員会をつくることにした。震災後は散り散りになった檀家が楽しく集う数少ない機会となった報恩講だが、この時は住職が「必ず復興する」と決意を述べ、張り詰めた雰囲気となった。

再建について法要に参加できない檀家には往復はがきで意見を求め、40通全てを参列者の前で読み上げた。「何をしてる。急げ」と、遠方の仮設暮らしの門徒の力強い要望もあったが、「もう戻らないので必要ない。したい人でやって下さい」との意見も。「古くからの檀家なのに……」と住職の顔が曇った。

250軒の檀家のうち、津波で家を失い再建できない人など100軒が仮設生活で、帰還の見通しも不確か。はがきの返事も半数しか届かなかった。「皆さん当初は張り詰めていたが、いまはかなり疲れて毎日毎日が精いっぱいです」。それは住職自身にも当てはまり、原発事故で苦汁をなめさせられ続ける県民全てもそうだ。同県の避難者は、県外も含めて11万9千人にも上る。

復興庁が昨夏から今年1月にかけ実施した9市町村の避難指示区域世帯の住民意向調査で、「戻らない」が22~58%、「戻りたい」が11~45%。3割前後が「分からない」と答えた。原発に近い所ほど「戻らない」が多い。それぞれに各家庭の事情、悩みが詰まった数字だ。

光慶寺の檀家でも、仮設住宅で「やっと知り合いができたのでとどまる」という独居高齢者がおり、関東地方の孫に呼ばれて転居を決めたものの「仏壇を持って行けない」と嘆く人もいる。住職が仮設団地を訪問し、70代の女性3人の茶飲み話に加わった。1人が「息子がいるので」と遠方に出る意思を示すと、他の2人も「なら私も」と続いた。全員が独り暮らし。「震災前の過疎と同じ、いやもっとひどくなっている」

それでも白江住職が門徒会館から復興することにしたのは「皆が集まれる拠り所に」との思いからだ。地域の集会所のようなイメージで、もちろん法要のために仏壇を設置する。「雨露さえしのげて耐震性があれば」と言うが、ソーラーパネルを付け、災害用非常食も備蓄する。

「地元だけでなく、これまで助けてくれた全国の方への支援用です」。来年4月頃には市による地区の帰還宣言が出るとの予想もあり、それまでに完成させたい。費用がかさむので、安く抑えるため檀家の人手も借り、引退した大工職も手伝いに来る。

会館が完成したら、「他の寺に預かってもらっている檀家の遺骨も安置して供養したい」。光慶寺に置いていたのが火災で特定できなくなったもの、避難して連絡が取れない家のものもある。京都の本山への納骨希望者で間に合わない場合は、墓のものを再分骨するつもりだ。法務を確実に続けることが門徒の安心につながるからだ。

「寺はなくてはならん」。そう言って再建の手伝いを目的に4月に戻ってくる総代がいる。以前、寺は子供たちが学校帰りに遊びに寄り、常例法座や花まつりにはにぎわいを見せた。「子供のはしゃぐ声、それに爺ちゃん婆ちゃんが喜ぶ顔が見たい」。住職は焼け跡から釈迦誕生仏を見つけた。

(北村敏泰)