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7.神社が人々支え人々が神社支える

2015年4月1日付 中外日報(5度目の春へ-東日本大震災)

原発汚染を乗り越えて 焼失社殿の再建に結集

加藤さんは、亡くなった宮司夫人が飼っていた猫の「福」を抱いて再建工事中の拝殿を見回る(福島県飯舘村の山津見神社で)
加藤さんは、亡くなった宮司夫人が飼っていた猫の「福」を抱いて再建工事中の拝殿を見回る(福島県飯舘村の山津見神社で)

「見てください」。原発事故で4年も避難生活を余儀なくされている福島県飯舘村の農業菅野義人さん(63)は、自ら費用を出して調査した村内の農家周辺の放射線測定データを示す。国による除染が済んだ家屋周囲は空間線量が毎時3~4マイクロシーベルトから1・1程度に下がったが、放置されたそばの屋敷林では5・9~7・4もあった。環境省は「斜面なので表土はぎ取りは困難」としている。

地元で「居久根」と呼ぶ屋敷林は村に数多く、「これではとても安心して暮らせません」。菅野さんは国や行政、東京電力の対応の遅れ、不十分さに心を痛め、「線量による賠償額の差や除染など対策の格差、避難による共同体の解体などで村民の分断は深刻です」と訴える。自力で具体的情報を発信し続けるのは、「未来を担う世代のためです」。

菅野さんが「うちらほ」という地元、比曽地区には愛宕、田、大明神、羽山と四つの神社があり、菅野さんは田神社の世話役だ。村のほとんどの農家には大きな神棚がある。

村内でも由緒を誇るのが佐須地区の山津見神社。各地に崇敬者が広がっていたが、避難中の久米隆時宮司(83)夫妻が片付けに一時的に戻っていた一昨年4月1日の未明、火災で拝殿と社務所が全焼し、妻園枝さん=当時(80)=が焼死した。遠方から通い、体調を崩してやむなく宿泊したのが災いした。

その悲しみは消えないが社殿は現在、再建が進んでいる。昨年9月、除染が終わったばかりの焼け跡で行われた地鎮祭で、何とか集まった総代たちは「原発事故を乗り越えて……」との祝詞に唇を震わせた。広さ280平方メートル。年を越えて雪の中で大きな屋根が上がり、この2月下旬には吹雪の中で工事がピークの現場を、宮司の甥で神職に入った加藤啓介さん(36)が案内してくれた。

加藤さんが着任してすぐの昨秋、恒例の大祭が仮設の拝殿で営まれた。山仕事に携わる人や農工業など物作りの人々の信仰を集める神社の大祭は、以前は数万人が全国から参ったが、原発事故後は出店もなく、火災以降は寂しい状態だった。それが昨年は、数百人の参拝客で人里離れた山間の境内はにぎわいを見せた。

村人は避難先の仮設住宅から、親子4代にわたる信者の一家も遠方から。裏の虎捕山の頂にある奥宮本殿で神事が行われ、「山御講」と称して皆でそれを遥拝する。「願いが成就したから、と言ってお礼参りの方も多い」と加藤さんは話す。

由来で山神の眷属とされる狼が神社の象徴でもあり、参道の珍しい「狛狼」は火事でも無事だった。拝殿にあった全国に例のない狼の格天井画237枚は焼失したが、宮城や和歌山の文化財研究者が画像記録を保存しており、それを基に地元NPO「ふくしま再生の会」の支援で川崎市の画家や東京芸術大の学生たちが再現を進めている。

神社の前の真野川に昔、村人が造った小さな水力発電所があった。5月の拝殿完成の頃には、福島市で水力発電所を経営する信者が新しい鳥居を奉納してくれることになっている。様々な所から手は差し伸べられる。

春を待ちかねて祈祷やお守り拝受の参拝者が毎日訪れる。「安全になって村に戻れますように」。そう願って一心に手を合わせているのだろう。仮設の社務所でお札の用意をする加藤さんは、地域の神社が人々を支え、そして人々が神社を支える力を実感している。

(北村敏泰)