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将来へ見通し立たず 浪江町の長安寺

2017年3月17日 17時12分

東京電力福島第1原発事故の影響で帰還困難区域になっている、福島県浪江町津島地区にある真言宗豊山派長安寺の横山周豊住職(76)は震災後、福島市に設けた福島別院で11日を迎えた。「何年後に帰れるのか。これが分からない。だが、戻ることができたにしても檀信徒が帰ってこなければ仕方ない」と、寺の将来を思い描くことができないでいる。

事故で町民が避難を強いられた浪江町では、今月31日で一部地域の避難指示が解除されるが、北西方向に大量に流れた放射性物質の影響で津島地区の住民の帰還のめどははっきりしていない。

横山住職が福島別院を設けたのは、2014年3月。避難中に亡くなり、故郷に帰ることができない檀信徒らの遺骨約100体を預かっている。

6年前の3月11日。大きな揺れに続いて、翌日には福島第1原発1号機が水素爆発を起こす。「まさか、ここまで放射能が来るとは思っていなかった」

原発から北西に約28キロ離れた寺には沿岸部などから避難してきた約120人が身を寄せていた。状況が一変するのは、15日になってから。午前11時前、寺にいた妻の米子さん(76)らは、隣接する二本松市に向かうよう指示された。

横山住職は二本松市の火葬場にいた。同県双葉町の病院に入院しており、原発事故が起きたことで福島市内の病院に搬送されていた男性が亡くなり、読経していた。それ以来、もう自坊に戻ることができなくなった。法衣のまま、自動車で埼玉県へと向かった。長い避難生活の始まりだった。(詳細は2017年3月17日号をご覧ください。中外日報購読申し込み