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高野山の諸仏復元に夢

造仏工 長谷法寿氏

2014年11月21日付 中外日報(わが道)

はせ・ほうじゅ氏=1956年、愛知県豊田市生まれ。高野山高、種智院大を経て、高野山専修学院で高野山真言宗の僧侶資格取得。学生時代にインド仏跡調査に参加。29歳で神戸市の高野山真言宗忉利天上寺の7体の観音像を手掛ける。31歳で賢劫造佛所を開所。2011年に密教学芸賞受賞。12年に『インド・オリッサ秘密佛教像巡礼』を出版。京都市山科区在住。
「修学旅行で、東大寺の金剛力士像、三十三間堂の二十八部衆像を見て、ショックだった」と語る長谷氏
「修学旅行で、東大寺の金剛力士像、三十三間堂の二十八部衆像を見て、ショックだった」と語る長谷氏

「もし可能ならば、88年前に焼失した高野山の金堂の諸仏を、残された写真をもとに復元したい」と、造仏工の長谷法寿氏(58)は話す。自らも高野山真言宗の僧侶で、弘法大師ゆかりの仏像への思い入れは強く、儀軌(密教儀式の規則)に沿った仏像の姿が大切と語る。青春時代に真言宗系の学校で学んだことが、今の仕事のバックボーンになっているという。

(萩原典吉)

仏像に興味を持たれたきっかけは。

長谷小学6年の修学旅行で京都・奈良を訪れ、まず東大寺の運慶、快慶作の金剛力士像を見て、すごく気になりました。その時はバスの時間に追われてほとんど見られなかったのですが、続いて三十三間堂で二十八部衆像を見ることができた。

もう言葉では言い表せない。目がギラギラして筋骨隆々で、威嚇するその迫力。ショックでした。この二つの仏像との出会いがきっかけです。他にもいろいろ回ったけれど、覚えていません。

実家は愛知県豊田市だそうですね。

長谷父はトヨタ自動車の工場に勤務し、母は喫茶店を経営していました。当時の豊田は新興都市で、周囲は新しい住宅や工場、造成地ばかり。今思うと、仏像はカルチャーショックだったと思います。

もう、それで進路が決まったと。

長谷当時の愛知県は、偏差値教育のはしりのような県でした。子どもに勉強させて、競争させる。先生は「良い高校、良い大学に行けば、良い会社に就職できる」と言っていた。でも私は、なぜ勉強するのか分からなかった。とにかく仏像を造りたいし、それさえできればよかった。

中学1年の時、母方の祖父が地元の彫刻師の所に連れていってくれた。3年生になって、その人に紹介してもらった仏師さんが、目の前で真言を唱え、指で印を組んだんです。初めて見て驚いたし、すぐに弟子入りしたかった。でも「今は高校を出た方が良い」と言われた。結局、高野山高がいいと思い、合格したので、総本山金剛峯寺塔頭の常喜院さんに住み込みながら、通学することになりました。

15歳で実家を離れて不安はなかったのですか。

長谷全然。とにかく仏像に会えるんだったら、という思いでした。常喜院では一番年下で、いつも添え護摩木を用意し、その端材を使って彫刻していた。

高校時代は楽しかったですか。

長谷実は2年生の時に不登校になったんです。

それはなぜですか。

長谷今思えば、欲望の中で生きているような大人になりたくない、という反動でしょうか。清らかな生活を送りたい、という思いもあったんでしょうね。高野山に来れば何とかなると思ったけれど、何か違う。行き先が見えなくなり、2年生を2回することになりました。

どう立ち直ったのでしょうか。

長谷大阪府河内長野市に中学時代の先生がいらっしゃって、訪ねたんです。そうしたら「長い人生1年ダブっても1年長生きすればいいじゃないか」と言われて、吹っ切れました。

大学は種智院大に進み、再び高野山の専修学院に行かれたのは、僧侶になろうとしたからですか。

長谷いや、僧侶になるというよりも、仏像を造るためには、そのプロセスを体験することが必要だったからです。

大学時代に仏像教室に通い、技術は習いましたが、なぜ仏像がその姿をしているのかという疑問に対しては、昔からこうだからという答えしか返ってこなかった。

今の工房を構えられ、30年近くですが、振り返ってみていかがですか。

長谷一時期は仕事やノルマに追われて嫌になった時もありましたが、今は彫っていると気が休まる。もちろん仕事として注文を受け、お寺さんの意見を聞いて造るわけですが、ついつい彫りかけのものを触っていると時間がすぐたつ。一日や一週間が早くて困ります。

長谷さんにとって仏像とは。

長谷よく「美術大を出ているのですか」と聞かれるんですが、「美術大を出たら、仏像は造れません」と答えます。もちろん私自身、美大には行けなかったんですが(笑い)。

でも行かなくてよかったと思います。西洋彫刻を基本とする美術教育は、個性や自我の発露としての絵画、彫刻を目指すものでしょう。

でも仏像は自己の美意識を表現するわけではない。無我の方向で彫刻するのが本当という気がします。無意識で造れたら一番良い。自分は宗教系で育ったので、よかったと思っています。