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心癒やす「平成の仏画」

仏画家 久保田聖淳氏

2014年10月24日付 中外日報(わが道)

くぼた・せいじゅん氏=1941年、大分県津久見市の浄土真宗本願寺派の寺院に生まれる。幼い頃から絵画に親しみ、高校卒業後、会社勤務を経て日本画、仏画の道に進む。91年に大阪市阿倍野区の近鉄文化サロンに最初の仏画教室を開講。5年後に仏尚美術会を設立し会長を務める。現在関西20カ所の教室や各地の体験講座で生徒を指導し、仏画の普及に力を注ぐ。大阪府吹田市在住。
「仏さまは優しいお顔が大事」と語る久保田氏
「仏さまは優しいお顔が大事」と語る久保田氏

観音さまにお地蔵さま。久保田聖淳氏(73)の描く仏は、どれも優しく慈愛に満ちた表情が印象的だ。仏画は仏さまのお顔が一番大事――「平成の仏画」を掲げる久保田氏の信念は、全国で活躍する弟子たちにも脈々と受け継がれている。浄土真宗本願寺派の寺院で生まれ育ち、仏教の慈悲の教えは体に染み込んでいる。仏画を学ぶ弟子たちに、仏の教えへと関心を広げてほしいと久保田氏は願う。

(飯川道弘)

浄土真宗本願寺派のお寺のご出身ですね。

久保田住職の父は大変信仰心が篤かった。お寺に来た人に仏教の話をよくしました。お説教をすると止まらない。子供たちにも晩ご飯が終わるとお説教です。父の前で正座して聞いていましたが、とにかく長いんです。1時間では終わらない。夜遅くなると、こちらはこっくりこっくりし始めます。「ああごめん。寝よう寝よう」と。そんな毎日でした。

どんなお話でしたか。

久保田話が難しいんです。「大人になったら分かるからね」と言いますが、どんな話を聞いたのか今は覚えていません。ただ「仏法広まれ、世の中安穏なれ」とは繰り返し言っていて、ずっと父親の言葉かなと思っていました。聖徳太子、親鸞聖人のお言葉でしたが(笑い)。

それでも子供の頃に仏教との出会いがあり、仏教に触れてこられたのは大変ありがたいことでした。いいところに生まれさせてもらったなと。仏教の慈悲の教えによって私は生かされていたと思います。今の社会には心の病に苦しむ人がたくさんいます。多くの人に仏教に触れてほしいと願っています。

仏画家を志されたきっかけは。

久保田子供の頃から絵描きになりたくて、親戚筋にいた絵描きの人から手ほどきを受けました。大阪に来てから日本画を勉強し、弟(仏師の久保田唯心氏)の師匠だった松久宗琳さんにも絵を習いました。宗琳さんは絵もうまかったですね。

風景や花などの日本画も描いていましたが、次第に仏さまを世の中に出したいなという思いが募り、仏画教室を開くことになりました。日本にはそれぞれの時代に仏画がありましたが、私は「平成の仏画」を目指そうと生徒に言っています。

平成の仏画とは。

久保田まず何を使って描いてもいい。油絵でもアクリルでも色鉛筆でもいい。気軽に仏画に入れるでしょう。色鉛筆で飽き足らなくなったら次の段階に進めばいい。対象となる仏さまも自由です。

そしてほっとする仏画、癒やされるような仏画です。描いている本人が癒やされるんですよ。私はきつい顔の観音さまは描きたくない。一目見てほっとする仏さま。理屈ではありません。ああいいなあと。その思いで世の中を変えられないかなとも思います。

晩年に多くの仏画を残した日本画家の村上華岳(1888~1939)にまつわる有名なエピソードがあります。自殺願望のあった女性が、たまたま村上の個展会場である仏画を見たらお母さんに見えてきた。母親の声が聞こえるようで、私が死んだら悲しむだろうと自殺をやめたのです。このエピソードを生徒に話し、こういう仏さまを描きましょうと言っています。

大阪青少年教化協議会が催す子供たちの「ほとけ様の絵コンクール」で審査委員長をお務めです。

久保田子供の時、父親が私を連れて仏壇店へ法具を買いに行きました。その時、大きな美しい仏さまのお軸を見て「人間がこんなすごいものを描けるのか」と強烈なショックを受けました。仏画の教室や展覧会に子供たちを連れてきてほしいと言っています。頭の柔らかい時にそういう仏さまを見ておくと、いつまでも消えません。

子供の時に優しい仏さまの姿に触れ、大人になって悩みが生じたらお寺に行く。何か助けがあるに違いありません。私が仏画を教えるのも、そのご縁作りになればという思いからです。

仏教への誘いですね。

久保田教室で20代前半の若い人に入会の動機を尋ねると「仏画を描いていると親が喜びます」と言うのです。ここからさらに自分の宗派のお経に目を向けてほしいですね。お経は宝物ですから。教室でも呼び掛けると「こんな本を読みました」と。うれしいですね。仏画を入り口として仏法に触れてほしい。これが一番の願いです。

父は浄土真宗ですから親鸞聖人一本で、通仏教を嫌っていました。私も昔は浄土真宗をと言っていたのですが、今はそういう気持ちはありません。教室ではお坊さんも含めさまざまな宗派の人からお話を伺いました。いろんな宗派があっていいのです。仏法に触れることは幸せの原点だと思います。何とか仏法興隆をと願っています。