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チベット研究半世紀

浄土宗高徳寺住職 矢田修真氏

2014年2月15日付 中外日報(わが道)

やだ・しゅうしん氏=1942年、東京・青山生まれ。東北大文学部(印度学仏教史専攻)卒。同大東洋美術史研究科を経て、チベット文化研究所研究員に。現在、同所の理事を務める。インドのニンマ・カレッジで客員教授などを歴任。浄土宗高徳寺住職。宗門では宗会議員を3期務めた。寺報『仏教通信』でチベット学の論文なども掲載している。
芝学園で聴いた講演の感動を語る
芝学園で聴いた講演の感動を語る

浄土宗僧侶としては珍しくチベット仏教に関心を持ち、浄土宗高徳寺の住職を務める傍ら、半世紀にわたって研究を続けてきた。チベットは中国と政治的な問題も抱えるが、研究者として距離を保ちつつ、日本にいるチベット人とも交流。高校時代に聴いた講演の感動を今も胸に抱いて、チベット文化の普及に尽力している。

(有吉英治)

チベット研究を始めたきっかけは。

矢田高校生の時、ダライ・ラマ14世の兄であるタクツェル・リンポチェの講演を聴く機会がありました。浄土宗の宗門校、芝学園に通っていて、当時の校長は松本徳明という名物校長でした。ドイツに20年も留学した碩学で、金剛般若経のサンスクリット原典がスリランカにあると予言し、後にその言葉通り経典が見つかったという逸話の持ち主です。大正大理事長などの要職も務めた人でした。

その松本校長が、チベットから逃れてきたタクツェル・リンポチェを招いて講演会を開いたのです。チベット学者として高名な多田等観氏が通訳をされたのですから、今思っても非常にぜいたくな講演会でした。その時の話にすごく感動したのです。細かい内容までは覚えていませんが、中国に占領されてもチベットは独立しているといったような趣旨でした。とにかくものすごく感動させられたことが強く印象に残っています。

それで東北大を志望。

矢田当時からチベット学では東北大が随一でした。『西蔵撰述仏典目録』で学士院賞を受賞された羽田野伯猷教授がおられ、東北大チベット学の基礎を築かれていました。千点を超すチベット仏教や民俗資料「河口慧海コレクション」が、現在東北大にあるのも先生のおかげだと聞いています。

また堀一郎、石田英一郎といった、宗教学のそうそうたる先生がいらっしゃり、高田修教授の『仏像の起源』にも大いに影響されました。浄土系の僧侶でチベット仏教を学ぶ学生はほとんどいませんでしたが、幸運にもこうした先生方から教えを受けることができて、大変ありがたく思っています。

どんな学生生活を。

矢田実は高校時代は野球部に入っていました。そして野球部の練習が終わると近くのボクシングジムに通うという日々を送っていました。日本ミドル級チャンピオンを13度防衛した辰巳八郎さんに「筋がいいね」と褒められたこともありました。明治大のボクシング部に行って、スパーリング・パートナーを務めたりもして、体を動かしてばかりでした。

それが大学に入ると、羽田野先生から「そんなことしてたら(勉強に)ついていけないぞ」と言われて、勉強ばっかりの日々に一変しました。当時、東北大にはボクシング部がなかったということもありますが(笑い)。

いったん大学を卒業した後も、東洋美術史研究科に通っていたのですが、自坊に戻らねばならなくなり結局7年で東北大を去りました。自坊では法務も忙しく、なかなか研究を続けるのは難しいのですが、たまたま中外日報でインドから中東の旅行企画があり、参加してみました。60万円くらいしましたから相当な出費ではありましたが、当時は他に行く方法もほとんどありませんでしたから思い切りました。

香港、バンコクを経由して、コルカタ、デリー、さらにパキスタン、アフガニスタンを訪れました。その時にデリーのコインショップで、チベットの古貨幣を売っているのを見つけました。東北大の河口慧海コレクションを見てから興味を持っていたので、実物を目にして思わず何枚か購入しました。それ以来収集を続けて、今では100枚以上になっています。

講師をしているニンマ・カレッジは。

矢田インドのデリーから北に約200キロ、ヒンズー教の聖地デラドゥンにある仏教大学です。その名の通りニンマ派の僧侶のための学校で、現在は80人くらいの僧侶が学んでいます。私は年1回程度、集中講義で日本の仏教などについて教えています。

自坊では『仏教通信』という冊子を作って、縁のある方々に寄稿いただいています。チベット研究で知られる田中公明氏にもたびたび原稿を書いていただき、檀信徒の皆さんにもチベットのことを知ってもらうようにしています。

チベットは高地だが。

矢田これまで何度も行きましたが、高山病にかかったことはほとんどありません。ボクシングで体を鍛えたおかげかもしれません。

70歳を超えましたがこれまで大病をしたこともなく、病気をしても3年に1回風邪をひくくらいです。風邪をひいてもお経は読めますね。長年やっているからでしょうか(笑い)。

チベットの国際問題については。

矢田私は政治的な活動には加わりませんが、大変難しい問題だと思います。日本にも何人もチベット人が来ていて、話をする機会がありますが、日本にいるチベット人たちは現状を認めざるを得ないという心境に至っているように見えます。彼らは決してチベットの独立を求めているわけではなく、中国と共存して安住できる社会を求めているにすぎないのです。

チベットの人たちは、たとえ国という組織がなくなっても、チベットの仏教があればいいという考えのようです。「国破れて仏教あり」とでも言うのでしょうか。今では欧米で盛んに布教が進み、ドイツでは20万人くらいチベット仏教の信者がいるともいわれています。国という形よりも仏教がある所が祖国だと思えるほど、人々の心にチベット仏教が根付いているということなのでしょう。